買取作家

富永直樹

とみなが なおき

富永 直樹(とみなが なおき、1913年-2006年)は、昭和から平成時代の日本の彫刻家である。5月18日に長崎県長崎市に生まれる。本名は良雄。

1926年長崎県長崎中学校に入学。在学中に同郷の彫刻家の官展出品作が街に展示されているのを見て、彫刻に興味を抱く。1933年、東京美術学校彫刻科塑造部に入学。北村西望、朝倉文夫、建畠大夢が彫刻科で教鞭を取る。主に北村西望に師事した。また1936年の文展にブロンズ像「F子の首」を出品し初入選する。1938年に主席で卒業。同校彫刻科研究科に進学。1940年に同科を卒業。
卒業後も日展に出品を続け、1950年第6回日展で「殊勲者」が特選受賞。同年、直樹に改称する。翌年の第7回日展で「山」を出品し特選受賞。1952年第8回日展では「主将」を無鑑査出品し、3年連続特選を受賞。また、朝倉賞を受賞する。
その後1953年には日展審査員。1954年日展会員、1962年日展評議員となる。1973年に日展理事、1979年には日展理事長に就任する。この間も日展に出品を続け、1968年第11回日展では「平和の叫び」を出品。文部大臣賞受賞。1971年には改組第3回日展に「新風」を出品。翌年日本芸術院賞を受賞。
日展だけでなく、日本彫塑家倶楽部にも1953年に出品。以降1961年に日本彫塑会、1981年に社団法人日本彫刻会となる。1972年に同会理事、1986年に同会理事長となった。
また、個展の開催や、公共の場の彫刻も数多く制作している。ブールデルの構築的な造形を評価し、着衣の男性像を好んでモチーフとしていた。
1984年文化功労者となり、1989年文化勲章を受章した。三洋電機のデザイン部門に勤務し、黒電話4号機の意匠を手がけたほか、日本初のカラー電話や家具調テレビなどのデザインも行うなど企業人の一面も持っていた。
2006年4月11日虚血性心不全のため死去。
堅実な写実から生まれる穏健な表現のなかに躍動する生命の形を描き、独自の境地を開いた。


年表
1913年 長崎市で生まれる
1926年 年長崎県長崎中学校に入学
1933年 東京美術学校彫刻科塑造部に入学
1936年 文展に初入選
1938年 東京美術学校彫刻科塑造部を卒業
    同校彫刻科研究科に進学
1940年 同科を卒業
1950年 第6回日展で「殊勲者」を出品 特選受賞
1951年 第7回日展で「山」を出品 特選受賞
1952年 第8回日展で「主将」を無鑑査出品 特選受賞
1953年 日展審査員
1954年 日展会員
1962年 日展評議員
1968年 第11回日展「平和の叫び」を出品 文部大臣賞受賞
1972年 日本芸術院賞を受賞
1973年 日展理事
1974年 日本芸術院会員
1979年 日展理事長
1981年 「北村西望・富永直樹彫刻二人展」を神戸・大丸で開催
1983年 大阪、東京の高島屋で「富永直樹彫刻50年展」を開催
1984年 文化功労者 勲三等瑞宝章受章
1989年 文化勲章受章
1990年 長崎名誉県民顕彰
1997年 新宿区名誉区民
2006年 死去

富永直樹の代表的な作品

  • 「平和の叫び」
  • 「トーマス・ブレーク・グラバー之像」
  • 「青春の賛歌」
  • 「原爆殉難教え子と教師の像」
  • 「新風」

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