買取作家

内藤四郎

ないとう しろう

内藤 四郎(ないとう しろう、1907年3月14日-1988年1月12日)は昭和期の彫刻家である。東京出身。
 

内藤四郎が生まれた東京都四谷は多くの名工たちが暮らしており、幼い頃からその技術を目の当たりにしていたため、自然と彫刻家を志すようになった。

その後は東京府立工芸学校に入学し、金属工芸を学ぶ。卒業後は東京美術学校に進学。在籍中に海野清、清水亀蔵、深瀬嘉臣らに師事する。彫金の指導を受け、1934年に同校研究科を卒業する。この間、第10回帝展に「銀製草花文打出小箱」で初入選。1936年文展鑑査展に「柳波文平脱小箱」を出品して特選となり、以後連続で入選を果たす。

 1941年には国画会の同人となり、1943年には国立工芸技術講習所助教授となり、後進の育成にもつとめる。
戦後は、陶芸家の富本憲吉らと行動を共にし、工芸全般に及ぶ見識を深め、芸術上の視野を広げて造形感覚を培った。1951年新匠会を退会して翌1952年生活工芸集団を設立。1960年には東京芸術大学教授となり、1974年までデザイン基礎理論を講じた。1961年より日本工芸会会員として日本伝統工芸展に出品する。
 また、正倉院の金工品調査に参加、その成果を基に 温和な鎚目を残した素地に毛彫を施し、金鍍金や漢代、エジプトの工芸品の研究から、 石材の利用をさらに発展させた着色の方解石を埋め込む斬新な作品を発表した。


 内藤四郎は、蹴彫、平脱を得意とし、線条文様をいかした小箱を多く制作した事で知られている。簡明な幾何学模様を基に軽妙な毛彫や力強い蹴彫、雅味のある魚々子打などの伝統的彫法を用いる。1978年には重要無形文化財「彫金」の保持者(人間国宝)に認定された。
 1988年1月12日心不全のため浦和市の自宅で死去した。享年80。



年表
1907年 東京都で生まれる
1920年 帝展初出品
1926年 東京府立工芸学校金属工芸科を卒業
    東京美術学校金工科彫金部に入学
1934年 東京美術学校金工研究科修了
1936年 文展で特選となる
1941年 国画会の同人となる
1943年 文部省工芸技術講習所につとめる
1960年 東京芸術大学教授に就任
1966年 日本工芸会副理事長
1970年 正倉院蔵の金工品調査に加わる
1973年 皇后陛下御使用文房具を謹作
1974年 東京芸術大学名誉教授
1978年 重要無形文化財「彫金」の保持者に認定
    勲三等旭日小綬章
1988年 逝去

内藤四郎の代表的な作品

  • 「柳文銀壺」

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