地主悌助じぬし ていすけ

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    地主 悌助(じぬし ていすけ、1889年(明治22年)7月22日 - 1975年(昭和50年)11月26日)は、昭和期に活躍した日本の洋画家である。

    1889年(明治22年)7月22日に、鶴岡最上町(現・山形県鶴岡市)に地主正次の次男として生れる。
    1905年(明治38年)山形県立荘内中学校(現・山形県立鶴岡南高等学校)を中退し、検定を経て小学校の教員となる。
    1913年(大正元年)上京。画家の坂本繁二郎の絵をみて感動し、翌大正2年に入門する。
    その後図画教員の検定に合格し、1915年(大正4年)秋田県師範学校教諭となる。
    1924年(大正13年)山口県女子師範学校(現・山口大学教育学部附属光小学校)教諭に就く。
    1925年(大正14年)鶴岡に帰郷。鶴岡中学校(現・山形県立鶴岡南高等学校)美術教諭を担当する。
    1950年(昭和25年)美術団体白甕社会長に就任し、庄内地方の美術振興のため力を尽す。
    1954年(昭和29年)体調不良により神奈川県中郡二宮町に移住。
    以降は画業に専念し、団体に属さず個展を中心に活動し独自の表現を追求する。
    作品の題材は石・瓦・紙・野菜などの独特なモチーフを選び、限られたものだけを描きつづけて注目された。
    その作品は白洲次郎、白洲正子にもコレクションされている。
    1971年(昭和46年)新潮社日本芸術大会大賞を受賞。
    1975年(昭和50年)11月26日 享年86歳で逝去。墓所は鶴岡市の保春寺。

    地主悌助の代表的な作品

    • 「瓦」
    • 「石」
    • 「桃」
    • 「紙」
    • 「大根」
    • 「白菜」
    • 「雑誌」
    • 「風景」
    • 「桃と李」
    • 「ブロック」

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