買取作家

長沼守敬

ながぬま もりよし

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長沼守敬(ながぬま もりよし、1857-1942年)は明治期の日本の彫刻家である。


1857年9月23日陸奥一関(岩手県)に士族の子にとして生まれる。1874年に上京。キオソーネにイタリア語を学ぶ。イタリア公使館に勤務する。その後の1881年イタリアに留学。日本で最初にベニスのヴェネツィア王立美術学校で、正統な彫刻を学んだ。ルイジ・フェラーリ、アントニオ・ダルツォットに師事し、彫刻術を学ぶ。1985年に優秀な成績で卒業。


1887年帰国。帰国後は浅井忠ら洋画家たちと、1889年「明治美術会」の創立にただ1人の彫刻家として参加し、会員となり、作品の出品を行う。1890年に第3回内国勧業博覧会の審査員を務めて以来、審査員を歴任。また、1898年東京美術学校に塑造科を創設し、初代の教授として、高村光太郎など後進の指導にあたるがまもなく退官した。1900年のパリ万博で、みごとに金賞を受賞した「老父」の像は、代表作として有名である。1907年には文展審査員となり,イタリア・アカデミズムの技法を伝えて明治洋風彫刻の先覚者となる。


その後1914年に、突然引退を表明。のんびりと生涯を過ごし、1942年に死去。


長沼邸は、館山市立博物館本館近くに現存している。彼の彫刻道具のほか、原敬や森鴎外、黒田清輝、高村光太郎の手紙等、彼の交友の広さを物語る貴重な資料が東京に住む子孫に大切に伝えられている。



年表
1857年 岩手県に生まれる
1874年 上京
1881年 イタリアに留学
1887年 帰国
1889年 明治美術会の創立に参加、会員
1890年 第3回内国勧業博覧会の審査員を務める
1898年 東京美術学校に塑造科を創設 初代教授
1900年 パリ万博で「老父」が金賞受賞
1907年 文展審査員
1914年 引退を発表
1942年 死去

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