買取作家

小林一茶

こばやし いっさ

小林一茶(こばやしいっさ、1763年6月15日- 1828年1月5日)は、俳諧師。本名は小林弥太郎。別号は、圯橋、菊明、亜堂、雲外、一茶坊、二六庵、俳諧寺などがある。長野県出身。

3歳で母を亡くし、8歳で継母と暮らすも馴染むことができず、1777年14歳の時に江戸へ奉公に出る。25歳で小林竹阿に師事し、俳諧を学ぶ。

1791年、29歳で帰郷した。翌年から36歳まで俳諧の修行のため近畿、四国、九州を巡り歩いた。

1801年、帰郷し、病気の父親を看病するも1ヶ月後死去。その後、遺産相続の問題で継母と12年間争うこととなる。私小説の先駆けと言われている「父の終焉日記」は、父の発病から死、初七日を迎えるまでの約1ヶ月を描いている。

1808年末には、遺産の半分を受け継いでいる。財産規模としては中の上ぐらいの持ち高だという。実際に柏原村の本百姓(田畑・屋敷を持ち、年貢・諸役の負担者として検地帳に登録された農民)として登録され、翌年から弥太郎名義で年貢も納めている。

「いざいなん江戸は涼みもむつかしき」という句を残して1812年11月半ばに、柏原村に向かい、江戸を離れた。1813年には、弟と最後の激しい遺産争いが起こった。

1812年、50歳で故郷の信州柏原に帰り、その2年後に28歳のきくを妻として迎え入れ、4人の子供に恵まれるも何れも幼くして亡くなっている。また、きくも37歳で亡くなった。

64歳で3度目の結婚し、娘、やたをもうける。娘が生まれるころには一茶は亡くなっており、父親の顔を知らずに育ち、一茶の血脈を後世に伝えた。1873年、46歳で死去。

1827年7月24日、柏原宿を大火が襲い、母屋が焼けてしまったため、焼け残った土蔵で生活を送るようになる。同年11月19日、その土蔵の中で没した。享年64歳。

小林一茶の代表的な作品

  • 「一茶発句集」
  • 「おらが春」

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