『BREGUET』-「時計界のレオナルド・ダ・ヴィンチ」アブラアン-ルイ・ブレゲが遺した技術と美-

時計買取ブレゲ(Breguet) 2026.03.12

序文

時計にあまり詳しくない方でも、「BREGUET(ブレゲ)」の名を一度は耳にしたことがあるでしょう。現代の時計は、スマートウォッチから超複雑な機械式まで多様化を極めています。

しかし、人類と時計の歴史を紐解く時、「BREGUET」の存在を抜きに語ることは不可能です。「時計界のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と称される創業者、アブラアン-ルイ・ブレゲ。彼が18世紀に生み出した革新的な技術の数々は、今もなお、あらゆる機械式時計の基礎として生き続けています。

本コラムでは、偉大なる天才時計師ブレゲの人物像と、世界を変えた多くの素晴らしい発明の中から、特に代表的なものを厳選してご紹介します。

 

1:アブラアン-ルイ・ブレゲとは ? -運命に導かれた天才の歩み-

1747年、アブラアン-ルイ・ブレゲは、フランスにほど近いスイス・ヌーシャテル地方の名家に長男として誕生しました。11歳の時に実父が亡くなるという悲劇に見舞われますが、母親の再婚相手が時計師であったことが、ブレゲの運命を決定づけました。ブレゲ創業家に残された記録によると、ブレゲは15歳になった年に継父と同じ職業を目指すことを決意しています。その後、地元レ・ヴェリエールの時計師に弟子入りすると、すぐにブレゲには時計職人としての類稀な才能があることがわかり、一流の職人たちが集うフランス・ヴェルサイユで修行を重ねるという急展開を迎えました。

そして華の都パリで、ブレゲは自身の人生に大きな影響を与える重要人物と出会います。その人が、マリー牧師です。マリー牧師はブレゲより11歳年上で、若くして教会系の専門学校で教鞭を執り、数学や哲学、物理学、天文学といった幅広い分野を教えていました。ブレゲはこの牧師から公私にわたって学びを受け、知的基盤を築いていきました。後年、「BREGUET」の工房からトゥールビヨンを代表とする偉大な機構が多く誕生しましたが、これらはマリー牧師から学んだ科学知識が深く関わっています。このようにブレゲの生涯を振り返ると、その歩みはまるで運命に導かれるかのように、時計職人の道へと続いていたように思われます。

アブラアム=ルイ・ブレゲ

アブラアン-ルイ・ブレゲ

 

2:技術革新① ペルペチュエル(自動巻機構)

天性の才能と、技術と知識の研鑽が結実し、時計工房「BREGUET」をパリで創業したのは1775年、ブレゲが28歳の時でした。そしてこの工房から次々と革新的な技術が生まれ、その名は瞬く間に貴族社会へと広がっていきました。そのきっかけとなった技術が、ペルペチュエル(自動巻機構)です。

「BREGUET」が誕生した1775年、すなわち18世紀は懐中時計の時代でした。

時計はゼンマイの動力によって動きますが、当時の懐中時計はこのゼンマイを自動で巻き上げることができず、定期的に専用の鍵で巻き上げて動力を与える「鍵巻き式」が主流でした。

ブレゲは、外的な力に頼らない時計を開発できないかと研究を重ねた結果、時計内に仕組まれたプラチナ製の分銅が、時計の持ち主の歩行等による動作で振幅することによって、ゼンマイが自動的に巻き上げられる機構の開発に成功しました。そして”永遠の”という意味の「ペルペチュエル」と名付けたのでした。

この自動巻きの技術については、当時、ブレゲ以外にも多くの実力ある時計職人が挑戦していたようですが、実用性を伴って高い完成度で確立させたのはブレゲが初めてでした。そしてこの画期的な時計が貴族たちの間で大きな話題となり、以降、マリー・アントワネットをはじめとする王侯貴族や、ナポレオン・ボナパルトといった時代を代表する人物たちが顧客となったと伝えられています。

ペルペチュエル(自動巻機構)

ペルペチュエル(自動巻機構)イメージ図

 

3:技術革新②合理性と機能性を極めた美~ギョーシェ彫・ブレゲ針・ブレゲ数字~

ブレゲの才能は、機構の発明だけにとどまりません。
彼が追い求めた美は、“美のための美”ではなく、機能性と合理性を徹底的に突き詰めた末に生まれた“計算された美”でした。

それを象徴するのが、ギョーシェ彫、ブレゲ針、ブレゲ数字といった「BREGUET」を代表する意匠です。いずれも華美な装飾を加えるのではなく、不要なものを削ぎ落とし、本質だけを残すという引き算の発想から生まれています。しかしそこには冷たさはなく、むしろ独自の気品と洗練されたエレガンスが宿っています。

ブレゲが生きていた時代、懐中時計は装飾的なデザインのものが多く製作されていました。しかし過度な装飾は視認性を損ない、本来の役割である「時刻を正確に読む」という機能を曇らせる側面もありました。ブレゲはこの矛盾に向き合い、装飾そのものを再定義したのです。その思想が具体化したものが、ギョーシェ彫、ブレゲ針、ブレゲ数字でした。

・ギョーシェ彫

ギョーシェ彫とは、時計の盤面に規則的なパターンを彫りこむ技法のこと。熟練の技術者が丁寧に彫り込んだギョーシェ文字盤は、見た目にエレガントさが宿るだけでなく、一般的なつるつるとした盤面の時計よりも光の反射が抑えられるため、視認性が飛躍的に向上しました。また、文字盤表面に出てしまう摩耗や傷といった経年劣化も、このギョーシェ彫なら目立たなくすることができました。

ブレゲ 懐中時計 ギョーシェ彫が施されたBREGUET 懐中時計

 

・ブレゲ針

ブレゲ針も重要な存在です。当時の時計針は短めの設計かつ針の形状が唐草状(アラベスク模様)になっているなど、豪華な造りになっているものが多かったのですが、ブレゲは焼き入れを施したブルースチールで針を真っすぐ、長く仕上げ、さらに長い針で文字盤の数字が隠れないように、先端付近にだけ月の満ち欠けを連想させるような丸いホールを施しました。装飾性の高い針と比べると、一見シンプルなデザインにも思えますが、短い針よりも時刻が一目でわかりやすく、それでいてデコラティブな針とは違う気品が漂い、高い評価を受けました。

ブレゲ針 ブレゲ針

 

・ブレゲ数字

ブレゲ数字とはブレゲ自身が書いたアラビア数字のことで、それまでⅠ、Ⅱ、Ⅲ…といったローマ数字が時計の表記として主流だった時代に、文字盤に1、2、3…というアラビア数字の表記を採用することにより、時刻の見やすさと独自のデザイン性をもたらしました。

 

ブレゲ数字 ブレゲ数字

 

このように、BREGUETの時計の装飾にはすべて理由があり、品格が漂いながらも、合理性と機能性を究極まで高めた独自の美学が細部にまで宿っています。

 

4:技術革新③ トゥールビヨン

時計師としての生涯の中で、数多くの画期的な機構を生み出したブレゲですが、その中でもとりわけ偉大な発明とされているのが、1801年に特許を取得し、1805年に商品化(実用化)に成功した「トゥールビヨン」です。

当時の懐中時計には、使用を重ねるうちに時刻が徐々にずれてしまうという問題がありました。その原因の一つが、地球の重力です。懐中時計はその名の通りポケット等に入れて携帯されるため、使用していない間は長時間ほぼ同じ姿勢で縦方向に固定された状態になります。すると重力が一定方向から継続的にかかり、時計の心臓部である脱進機や調速機構と呼ばれるパーツ(テンプやヒゲゼンマイ等)が悪影響を受け、誤差が生じてしまうのです。

この“姿勢差による誤差”こそが、当時の精度向上における大きな障壁でした。ブレゲはこの課題を解決すべく、脱進機や調速機構を「キャリッジ」というケースに収める仕組みを考案し、このキャリッジを1分間に1回転させ続けることで、時計に一方向にかかる重力を分散させることに成功しました。

時計の精度を飛躍的に高めたトゥールビヨンは、本来「渦」という言葉で訳されます。しかし、BREGUET創業家7代目にして現副社長のエマニュエル・ブレゲ氏の文献調査によると、「地球は回転している」という意味を込めて名付けられたことが明らかになりました。

若き日にマリー牧師と出会い、数学や天文学などを熱心に学んだブレゲだからこそ、重力という難題に真正面から向き合い、それを克服する機構を生み出すことができたのです。時計という小さな世界の中で絶えず回転し続ける極小のトゥールビヨンには、科学を深く理解した彼によって、宇宙の法則が静かに組み込まれているのです。

 

トゥールビヨン トゥールビヨン

 

ブレゲ本人によるトゥールビヨンの特許図面 ブレゲ本人によるトゥールビヨンの特許図面

 

5:まとめ~ブレゲの何がすごい?~

ブレゲが活躍した18世紀は、フランス革命が起きるなど、国全体が歴史の転換点を迎えた激動の時代でした。その動乱は社会経済にも大きな影響を与え、「BREGUET」の経営すらも一時脅かすほどだったと伝えられています。

しかしそのような時代の中においても、ブレゲは時計に対する情熱の炎を消すことはありませんでした。それは、製品の完成後も絶え間なく改良を重ねていたことや、顧客の要望に合わせてカスタマイズを施すといった真摯な姿勢が由来して、“ブレゲは生涯において二度同じ時計は作らなかった”という逸話として賞賛されていることからも、うかがうことができます。

もしもブレゲがいなかったら、時計の発展はもっと遅れていたかもしれないと言われています。天才時計師・ブレゲの時計への尽きぬ愛が、今日の素晴らしい時計文化の発展の礎となっているのです。

 

参考文献:「BREGUET HORLOGER DEPUIS 1775/ブレゲ(1747-1823)天才時計師ブレゲの生涯と遺産」/Emmanuel Breguet著、菅原茂訳(Éditions Cercle d’Art)