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日本十大骨董市
早朝、街が本格的な目覚めを迎える前、どこからともなくトラックが集まり、シートが広げられる。そこはたちまち、何十年、時には何百年という時を旅してきた「モノ」たちがひしめき合う、幻のような市場へと変貌を遂げる。
骨董市。それは単なる古物の売買の場ではない。かつて誰かの生活を彩り、愛され、いつしか忘れ去られ、そして再び現代の光を浴びた道具たちの、年に一度、あるいは月に一度の同窓会のようなものである。日本各地に立つ代表的な十の骨董市を巡りながら、そこに流れる独特の空気と、集う人々の熱気、そしてモノが語る物語に耳を傾けてみたい。
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東京の二大巨頭:日常と洗練の狭間で
新井薬師 梅照院 骨董市(東京都中野区)
都心の喧騒から少し離れた西武新宿線沿い、新井薬師の境内は、毎月第一日曜日の朝になると、懐かしい昭和の生活臭と江戸の残り香が混ざり合う空間になる。ここの魅力は、何と言っても「生活骨董」の距離の近さだ。
並ぶのは、高価な美術品というよりも、かつてどこの家にもあったような印判の小皿、使い込まれた文机、大正ロマンを漂わせる型ガラスのランプ。地元の常連たちが散歩がてらに店主と世間話を交わし、出されたお茶をすすりながら品定めをする。気取らない、日常の延長線上にある温かさが、この市には満ちている。
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大江戸骨董市(東京都千代田区・有楽町東京国際フォーラム)
新井薬師が「日常の骨董」なら、有楽町のモダンな高層ビル群の足元で開かれる大江戸骨董市は、「洗練された都会の蚤の市」である。地上広場に整然と並ぶブースは、日本最大級の規模を誇り、客層も極めて国際的だ。
ここでは伊万里焼や漆器といった和骨董と並んで、ヨーロッパのヴィンテージアクセサリーや古着、アンティークのテディベアなどが同等に輝きを放っている。ガラスとコンクリートの現代建築を背景に、数百年前に海の向こうで作られた銀食器が並ぶ様は、まさに時空が歪んだかのような錯覚を覚えさせる。現代のファッショニスタや海外からの旅人が、それぞれの感性で「古いもの」を再定義していく、極めてエネルギッシュな市である。
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古都の記憶:歴史の重みと、目利きの視線
東寺 弘法市(京都府京都市)
「終い弘法に雪が降る」という言葉があるように、京都の冬の風物詩としても知られる東寺の「弘法さん」は、毎月二十一日に開かれる。五重塔が見下ろす広大な境内に、千軒近くの露店がひしめき合う光景は圧巻の一言に尽きる。
ここの特徴は、その圧倒的な「雑多さ」と「歴史の深さ」だ。平安時代から続く弘法大師への信仰がベースにあるため、売られているものも仏像や経典、茶道具といった本格的なものから、古着の着物、果ては古い工具や出所不明のガラクタまで、文字通り何でもありの世界。世界中から集まる観光客の熱気と、何代にもわたって目を肥やしてきた京都の旦那衆の厳しい視線が交差する、日本骨董界の聖地である。
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北野天満宮 天神市(京都府京都市)
東寺の弘法市と双璧をなすのが、毎月二十五日に開かれる北野天満宮の「天神さん」である。学問の神様・菅原道真を祀るこの境内一帯が、この日は古物と人で埋め尽くされる。
弘法市に比べて、天神市はどこか華やかで、特に「着物や織物」の出品が充実している印象を受ける。西陣が近いという土地柄もあるのだろう、色鮮やかなアンティーク着物や帯、端切れを買い求める若い女性や外国人の姿が目立つ。梅や紅葉の季節には、四季折々の自然の美しさと、古びた古陶磁の肌が調和し、一幅の絵画のような風情を醸し出す。
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東海の雄:職人の魂と、庶民の活気
大須観音 骨董市(愛知県名古屋市)
ものづくりの精神が息づく名古屋の街において、毎月十八日と二十八日に開かれる大須観音の骨董市は、独特の泥臭い活気に満ちている。大須という街自体が、サブカルチャーと伝統文化がチャンポンになった不思議な場所だが、骨董市もそのDNAを色濃く受け継いでいる。
ここを訪れて目につくのは、古い機械部品や時計、職人が使っていた道具類、そして戦前戦後のレトロなおもちゃなどだ。きらびやかな美術品というよりは、人間の手仕事の痕跡が残る「用の美」や「ギミックの面白さ」を持った品々が多い。値切り交渉の応酬もどこかコミカルで、名古屋人の商売上手さと、古いものへの愛着が肌で感じられる場所だ。
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地方の宝石:風土が育む、一期一会の宝探し
倉敷・懐かしマーケット(岡山県倉敷市)
倉敷市芸文館の広場で定期開催される「倉敷・懐かしマーケット」。歴史ある町並みを歩いた後にこの広場に辿り着くと、まるでタイムスリップの旅が完成したかのような満足感を覚える。
倉敷という土地柄、民藝運動の息吹を強く感じさせる品々が多いのが特徴だ。素朴ながらも力強い備前焼の壺、丹波や砥部の古い器、あるいは古い藍染の木綿布。過度な装飾を排し、生活のなかで使い込まれることで美しさを増した民芸骨董たちが、賑やかな人並みの中でやり取りされる。
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四天王寺骨董市(大阪府大阪市)
大阪の四天王寺で毎月二十一日の「大師会」と二十二日の「太子会」に合わせて開かれる市は、まさに「ナニワの商魂」が凝縮されたお祭りのようだ。
ここでは、綺麗な陳列などは二の次。山積みにされた古道具の中から、自分の手で宝物を掘り起こす「泥臭さ」が最大の魅力である。店主たちの呼び声も威勢がよく、「お兄ちゃん、これなんぼに見える?」から始まる会話は、それ自体が最高の芸のよう。古い看板や、昭和のビールのノベルティグラスなど、大阪らしいユーモアに溢れたジャンクな品々を探すなら、これ以上の場所はない。
筥崎宮 蚤の市(福岡県福岡市)
九州随一の規模を誇る筥崎宮の蚤の市(風の市場)は、広大な参道を一直線に埋め尽くす店舗の列が壮観だ。年に数回、不定期(主に日曜日)に開催される。
アジアの玄関口である福岡らしく、並ぶ品々にもどこかエキゾチックな香りが漂う。日本の古い民具に混ざって、朝鮮半島の李朝家具や、中国の古い陶磁器、あるいは東南アジアの古布などが自然な顔をして並んでいる。海を渡ってきたモノたちが、長い年月を経てこの博多の地で再び出会う。そんな歴史のロマンを肌で感じさせてくれる、スケールの大きな市である。
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豊川稲荷 骨董市(愛知県豊川市)
日本三大稲荷の一つに数えられる豊川稲荷(妙厳寺)で、毎月二十二日に開かれる骨董市。お狐様が鎮座する厳かな雰囲気のなか、境内の参道に店が並ぶ。
ここの特色は、仏教や信仰にまつわる古物が比較的多く見られる点だ。古い神棚のパーツや、お札、木彫りの仏像など、他ではなかなか見られない精神性を帯びた道具が、独特の存在感を放っている。同時に、三河地方の古い生活雑器なども多く、非常に硬派で深い、通好みのラインナップが揃う。
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川越成田山 蚤の市(埼玉県川越市)
「小江戸」と呼ばれる蔵造りの町並みが残る川越。毎月28日に成田山川越別院の境内で開かれる蚤の市は、関東の骨董ファンには外せないスポットだ。
江戸の台所として栄えた川越らしく、並ぶのは蔵から出てきたばかりのような、埃をかぶった掘り出し物たち。漆塗りの重箱や、昔の薬箱、武家や豪商が使っていたであろう調度品が、驚くほど無造作に置かれている。町全体のレトロな雰囲気と相まって、買い物を終えた後も、戦利品を抱えて古い町並みを歩く楽しさが待っている。
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物語のバトンを受け取る場所
骨董市を歩くということは、教科書には載っていない「名もなき人々の歴史」を指先でなぞる行為に他ならない。
ある市で見つけた、少し縁の欠けた伊万里の小皿。それは、幕末のどこかの家庭で、ハレの日の料理を乗せていたものかもしれない。大須で見つけたゼンマイ式の古い時計は、昭和の町工場の壁で、職人たちの忙しい時間を刻み続けていたものかもしれない。
現代の私たちは、傷ひとつない均一な工業製品に囲まれて暮らしている。それは確かに便利で快適だが、時としてどこか寂しい。骨董市に並ぶモノたちには、傷がある。汚れがある。色褪せがある。しかしそのすべてが、そのモノが生きてきた「時間」という名の勲章なのだ。
店主との軽妙な掛け合いを経て、数千円、あるいは数百円の手垢のついた紙幣と引き換えに手に入れた古い皿を、自宅の食卓に置いてみる。現代のみずみずしいサラダを盛り付けた瞬間、その皿は百年の眠りから覚め、再び「今」を生き始める。
骨董市は、過去と現在が交差し、時を旅する風来坊たちが物語のバトンを次の世代へと手渡す、最も美しく、最も賑やかな、幻のアジール(聖域)なのである。
担当
田川伸一
随筆家
随筆家。「文化史」「比較文化」など文化を通して現代社会にアプローチし、執筆活動を行う。美術に関するエッセイなどを更新中。

