天才漆芸家・柴田是真とは?驚異の超絶技巧「だまし漆器」、作品の市場価値まで買取専門家が徹底解説

蒔絵・漆芸買取 2026.06.29

柴田是真

柴田是真の概要

忘れられていた巨匠

近代美人画の巨匠・鏑木清方(1878〜1972)が心を寄せていた漆芸家で絵師が柴田是真でした。

幕末から明治にかけての激動の時代に「江戸の美意識」を受け継ぎ、素晴らしい作品を残したにもかかわらず、従来の日本美術史ではそのことが見落とされてきました。
一番の原因は、絵画と工芸の双方の分野でずば抜け、また活躍の盛期が江戸と明治にまたがっていたことだと思われます。
明治以降、日本の画壇は「近代化」の名のもとに権威主義化(アカデミック化)しており、漆工などの工芸は「美術」の埒外に置かれ、作品の多くは外貨獲得の「製品」として輸出されるのが普通でした。

特定の領域、時代に収まらない活躍をしたことが、正当な評価を難しくし、忘れられる原因となってしまいました。

蒔絵師、絵師として

大工の家に生まれた是真は、十一歳で印籠蒔絵師の古満寛哉こま かんさいに入門し漆芸を学びはじめました。
しかし、十六歳の時、他人の下絵をあてにして蒔絵の仕事をする限界を感じ、自ら下絵を描ける職人になろうと、四条派の日本画家・鈴木南嶺すずき なんれいに師事します。
絵師としても才覚を表わし、そちらでも人気を博しています。
奇想の浮世絵師・歌川国芳は、是真の扇絵をみて感動し、10歳近く年下で、まだ18歳だった是真に弟子入りを願い出ている程です。

また、蒔絵師、漆工職人としても卓越した技術を有していました。
研究熱心で、途絶えていた「青海波塗せいがいはぬり」などの変り塗の技法を復興させています。
是真は高い写実力と卓越した意匠を融合させた漆工作品だけでなく、漆を油絵具のように用いて独自の平面表現を行う「漆絵うるしえ」を開発しました。

是真の功績は多々ありますが、分業体制が一般的な漆工程のなかで、自らの意匠による作品制作を可能としたことが大きいでしょう。
現代まで続く美術漆工作家の草分け的存在となり、活躍する世界を確立する礎になったといっても過言ではありません。

最後の江戸職人

鏑木清方がエッセイ『こしかたの記』のなかで、皇室から御用命があった際、それを喜ぶどころか、難色を示したという是真のエピソードを綴っています。

「自分はきのうまで前公方様(徳川家)の御時世に人と成ったもので、言わばそれを倒した朝廷方の御仕事をするのは気が済まない」

単なる漆芸画家ではなく、徳川の治世を慕って皇室お買い上げを嫌がった江戸っ子である、是真の一本気で頑固な職人気質を感じる逸話です。

とはいえ、さすがにご時世には勝てなかったのか、清方も記すように浜離宮延遼館(1889年、老朽化のため解体)の壁画に花鳥図を描いています。
以後、新政府の文化施策に積極的に参加させられていきます。還暦を過ぎた是真は蒔絵界・絵画界で欠かせない巨匠となっていました。

江戸職人としての世界へ挑戦し、1873年(明治6年)ウィーン万国博覧会に《富士田子浦蒔絵額》、1876年(明治9年)フィラデルフィア万国博覧会に出品し、受賞をしています。
その洒脱で創意工夫に満ちた作風は海外でも絶大な評価を得ていました。

明治23年(1890年)には第一回の帝室技芸員に任命されるなど、日本の伝統漆芸を近世から近代へと橋渡しした至高の名工と評価されています。

柴田是真《煙管筒》

柴田是真の作風

異素材を表現する「変り塗かわリぬり

是真の作風を最も象徴するのが、漆だけで「漆以外のまったく別の素材」を本物そっくりに再現する技法です。

青銅塗せいどうぬり
経年変化で青サビが浮き出たブロンズ(青銅器)の質感を漆で再現。
鉄錆塗てつさびぬり
どっしりと重く、ザラザラとした錆びた鉄の質感を漆で表現。
紫檀塗したんぬり
高級木材である「紫檀」の美しい木目や質感を塗り技術によって模倣。

など。

これらは単なる装飾効果に留まらず、漆芸としての気品を保ちつつ、見る者が実際に手に取った時に、想像した重量とは異なるため、「え⁉」という驚きをあたえます。もはやだまし絵ならぬだまし漆器の域です。
《髹漆霰釜形弁当箱》(個人蔵)は、まるで鉄製の茶釜ですが、紙胎したいまたは麻布を貼り合わせて型抜きした乾漆で、非常に軽量です。最も軽い素地を使用して重厚感のある鉄の質感を出しています。

この異素材の質感を表現する、是真の職人気質が後述するユーモアと粋に繋がっていきます。

漆の常識を破った「漆絵うるしえ

本来、漆は乾くと硬化して割れてしまうため、滑らかな器(木や竹)に塗るのが常識でした。しかし、是真は紙や絹(絹本)に漆で絵を描く「漆絵うるしえ」という独自のジャンルを確立しました。 漆は粘りが強く、一方向にしか筆を動かすことができません。特製の柔軟性のある漆を開発し、まるで油絵のような独特の立体感とツヤ、深みのある色彩を持った絵画を生み出しました。

デザインに潜む「江戸っ子のユーモアと粋」

是真は単に技術が凄いだけでなく、グラフィックデザイナーとしてのセンスが抜群でした。
果蔬蒔絵額かすまきえがく》(板橋区立美術館蔵)は、南瓜、葡萄、梨、栗、柿といった豊かな秋の実りを、高蒔絵や漆絵で表したものです。梨の実には絵梨子地えなしじという、通常は背景に使われる「梨子地なしじ()」を、文様(絵柄)の一部に淡く蒔き、色彩的な変化や立体感を出す技法を用いるという、洒落っ気を効かせています。

梨子地 … 蒔絵技法。梨の皮に似た細かい凹凸のあるざらざらとした質感・模様。古くから高級な家具や刀のさや、茶道具 などに用いられる。

また《花瓶梅図漆絵》(板橋区立美術館蔵)は節目のある安い木材に漆を塗って額にしたように見えますが、この額は紙に絵を描いたもの。中の高級木材・紫檀の板に見えるものも、前述の技法・紫檀塗で描かれたもの……といった具合に、すべてが「だまし絵」という、是真の技術を詰め込んだ最高傑作です。

柴田是真《蒔絵琵琶香合》

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柴田是真の何がすごいのか?

芸術性のある工芸品

是真の作品は、豊かな装飾性を持っています。
彼が長寿だったこともあって、今日まで数多くの作品が残されていますが、それらには通底する大きな特色が二つあります。

彩り

蒔絵は、技法の性質上、彩りには乏しくあります。
絵師として、日常さまざまな顔料を駆使していた是真は、その禁欲的な色彩表現に飽き足りないものを感じていたのではないでしょうか。彼の作品には、漆で発色させることが可能な色、すなわち緑や黄色、朱色、茶色などを最大限に使って、彩りゆたかに仕上げたものが多くあります。

独創性

蒔絵は高度に専門性を要する技術であるため、分業化が進むのが早く、役割分担が確立していました。
そのため、おおかたは型どおりの下絵に型どおりの蒔絵、豪華ではあるが没個性、という方向に流されていったように見えます。

しかし是真は先見の明があり、蒔絵には下絵を描く技術が不可欠であると気づき、十六歳から本格的な絵の修行を始めます。是真は、それまでの蒔絵師が果たし得なかった、自らの手で優れた下絵を描くことのできる稀有な存在となっていた。もともと画業に強い思い入れもあったと思います。

是真の作品は、工芸意匠の域にとどまらず、生き生きとした絵画として描き出されています。
従来の蒔絵師が、あくまで職人(artisan)の域にとどまったのに対し、是真は漆芸の世界で、真の意味での芸術家(artist)としての仕事をしてみせた。このあたりに、彼の作品が国内外において高い評価を得ている理由があると思います。

権威との冷めない距離

天保十一年(1840年)に依頼され、是真は《鬼女図額面》を制作し、これが王子稲荷神社に奉納されると人気を博し、是真の出世作となりました。
蒔絵師として有名になる前に、町絵師としても活動を始めていました。是真三十歳~六十歳ごろまでの“作品”は多く伝わっていませんが、おそらく小品の制作・販売を生業として、地道に生計を立てていたと推察されています。

しかし、時代は一転して明治維新を迎えます。殖産興業と富国強兵を国是として近代化を進める明治時代。江戸文化を体現していたような伝統を受け継ぐ人材は、次第に社会の中で活躍の場を失っていきました。
その中で柴田是真は正当な技術力をもってたくましく生き残ったひとりです。

いくら新政府が殖産興業を促進していても、明治初期において国際市場に通用する日本製品は伝統工芸品でした。その中でも漆工品の評価は高く、その高い技術力から六十齢を過ぎても新政府から声がかかるのは必然でした。

江戸時代の御用絵師(幕府や大名お抱えの絵師)ではないものの、江戸庶民に愛された町絵師、蒔絵師であり重鎮でした。1890年(明治23年)、工芸家の育成保護のため、政府は初代帝室技芸員を定め、是真もそのひとりに任命されますが、その翌年に85歳の天寿を全うしました。

柴田是真

柴田是真作品の価値

美術史的・芸術的な価値

柴田是真は幕末から明治にかけて「帝室技芸員(現在の人間国宝に近い、皇室保護の芸術家)」に任命された、日本を代表する漆芸家であり絵師です。

国内外での極めて高い評価

明治期の万国博覧会で多くの賞を獲得し、「ジャポニスム」を先駆、牽引したため、海外(特に欧米のコレクター)でも絶大な人気を誇ります。

独自の漆芸技術

漆で絵を描く「漆絵うるしえ」や、金属のように見せる「青銅塗せいどうぬり」など、是真にしかできない高度な独自の技法を確立しているため、美術史的な価値は極めて高いと評価されています。

市場価値

名品・大型の漆工芸品(重要文化財級・万博出品作など)

数千万円 〜 数億円規模
海外の主要オークションなど、滅多に市場に出回ることはなく、美術館や大コレクターが買い手となります。

一般的な漆工芸・小道具(印籠、根付、蒔絵額、菓子器など)

数十万円 〜 数百万円
是真の真骨頂である「漆」を用いた立体作品や小物は、状態が良ければ非常に高値で取引されます。

日本画・水墨画(肉筆の紙本・絹本、漆絵の掛軸)

数万円 〜 百万円前後
是真は絵師としても多作であったため、漆器に比べると市場流通量が多く、比較的手が届きやすい価格帯になります。

木版画・摺物すりもの

1万5千円 〜 数万円
年賀の挨拶などに配られた摺物や、後世に刷られた木版画などは、数万円程度で安定して取引されています。

掲載価格は過去のオークション実績などを参考にした市場相場の一例です。
実際の査定額・買取価格を保証するものではありません。

査定額は市場状況や作品の真贋・保存状態によって大きく変動します。

柴田是真作品を展示している美術館・施設紹介

博物館・美術館

東京国立博物館

https://www.tnm.jp/

是真の代表作として名高い漆器や漆絵が複数収蔵。

石川県立美術館

https://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/

《蒔絵蕗に小鳥図額》(1877)、《蒔絵桜花に棚図額》(1881)など。

三井記念美術館

https://www.mitsui-museum.jp/

《稲菊蒔絵鶴卵盃》(江戸~明治時代・19世紀)、《青海波塗皿》(江戸~明治時代・19世紀)

板橋区立美術館

https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/

《花瓶梅図漆絵》(1881年)、《猫鼠を覗う図》(1884年)など。

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コラム編集室 AYA

サイトコラム編集者

西洋美術が好きだけど、最近東洋美術も面白く感じてきた。学芸員資格を持っている。作家コラムを中心に更新中。