
東山魁夷の概要
世間でもっとも馴染みのある日本画家・東山魁夷。
抒情性が豊かであるだけでなく、精神的な深みもあり、それでいて清く澄んでいて、はっきり分かりやすい表現が多くの人を惹きつけてやみません。
東山魁夷の芸術は、単にわかりやすいというだけでなく、日本人としての完成の根底の部分で、深く共感するもの――日本人の心の中にある原風景――があるためです。
東山の風景画は一見すると洋画的であり、東洋の伝統的な山水表現とは異なります。
明治以来、日本の近代化にあわせるように、日本画も洋画的な技法を多く取り入れながら展開していきました。
とはいえ、東山の、風景との真摯な対話によって、自身と自然の合一をはかり、作品を生み出すという考え方は極めて日本的な考え方です。
その圧倒的な精神性を、青の美しさで描き出した作品で広く一般にも支持され、「国民的画家」として知られます。

東山魁夷 朝雲
魁夷という雅号
東山は、東京美術学校(東京芸術大学美術学部・大学院美術研究科の前身)を卒業する時に「魁夷」という号をつけました。
東山という優しい感じの姓に対して、これからの芸術の道の険しさを自覚するという意味でつけられた、と言われています。
「魁」は訓読みでさきがけ、人より先に物事を行うことを表わし、「夷」は平ら(たいら)であることを意味し、そこから転じて「平定する」という意味で用いられます。
卒業に際して制作した《焼嶽初冬》( https://artplatform.go.jp/ja/collections/W1011206 )は、この雅号はじめて用いた記念すべき作品です。
東山魁夷の作風
風景画の画家
東山魁夷は、風景写生を単なる写生にとどまらず、画家の内面や祈りを風景に投影するスタイルを確立しました。
師である結城素明との回想で、デッサンに厳しかったこと、写生(みたままを描くこと。現場感。主観。 )、写実(ありのままを描くこと。精巧さ。客観。)の重要性を説かれていたことを書いています。
「スケッチブックを持って、どこかへ写生に行くんだね。心を鏡のようにして自然を見ておいで」と先生は話を結ばれた。
今でも、その時のことを思うと、目頭が熱くなる。私は先生の言葉の通りにスケッチブックを持って、すぐ、旅に出たが、この言葉の意味が、闇を照らす光明のように私の体内を貫いて、強い感銘を与えてくれたのは、もっと後のことであった。戦争で私がすべてを失った時であった。東山魁夷『風景との対話』p.116
東山魁夷はその教えを基に、写実に基づく表現を追求していたようです。
また、戦火によって故郷の街並み、実家の焼失、そして家族の死といったものが、風景に心象を投影するきっかけになったようです。
日本、北欧、ドイツ、中国などを旅して作品の制作にあたり、特に「東山ブルー」と言われる青い世界は、北欧の旅で着想を得ました。
東山魁夷が、各国を巡る中で、日本の外の世界から日本の美を内に向かって深化させていったことが伺えます。
東山ブルー
初期の代表作《道》を見ると、現実に存在する具体的な風景から発して、しかし誰もがいつかどこかで見たような普遍的な風景として描きあげられています。
何の変哲もない情景を、日常性を超えるように描くことに重きを置いていることが伺えます。
遠景へと続く道の両側にある牧草は青みがかった緑色。それは生命力あふれる色というより、穏やかで落ち着いた印象を観るものに与えます。
青という色は、悲しい色であり、爽やかな色でもある、両義性があります。
色彩学上でも本質的に非日常の――瞑想や超俗、永遠を表わす――色とされてきました。
芸術に対する煩悶のさなか、戦争の悲惨と哀しい別れを経験した画家が、自己の心情を深く映す風景は、精神と鎮静の色であり、郷愁と情憬の色である「青」でなければならなかったことが伺えます。
東山魁夷の「東山ブルー」は、主に白群(びゃくぐん。群青をさらに細かく砕いた、白みがかった非常に淡い青緑色系)、群青(ぐんじょう。藍銅鉱「アズライト」を原料とした、紫みを帯びた深い青色)、緑青(ろくしょう。孔雀石「マラカイト」を砕いた緑青色)、そして胡粉(ごふん。貝殻を主原料とした白色 )を組み合わせた岩絵具によって表現されます。特に、焼いて黒みを帯びさせた群青を用いて、静寂や内面的な精神性を表現しているのが特徴です。
この記事を読んでご興味をお持ちの方へ
お手元の骨董品・美術品の価値が気になりましたら、お気軽にご相談ください。
古美術永澤では出張・宅配・持込みにて無料査定を行っております。
東山魁夷の何がすごいのか?
二つの詩情
東山魁夷の作品すべてに通底するものは詩情といえるでしょう。
それには二つの種類があるように思えます。
自然への詩情
一つははかなくも燃えるような生の営みに心振るわせるところから生み出される詩情です。
魁夷個人の自然への共鳴に違いありませんが、それを超えて、長い伝統に培われた日本的な感性とも繋がっています。
夢想的な詩情
《白い馬のいる風景》の連作や何点かの作品にあらわれます。
魁夷は自然をきっかけとして自身の心の中に紡ぎ出される物語の世界をも描き出しました。
この二つの詩情は、ときに合わさりつつ魁夷の画面に満ちあふれています。
国民的画家
時代の空気を反映した、戦後日本の復興や高度経済成長期に都市部では失われつつあった自然への情景を、分かりやすくも深い情感で描きました。
その作品は、雑誌の表紙、カレンダーや切手、教科書などにも広く採用されました。
たとえば、東山魁夷《緑響く》を用いたモーツァルト曲のCDのジャケット、シャープAQUOSのCMのモティーフとなっています。
日本画を大衆に広く浸透させた功績があります。
東山魁夷作品の価値
1. 肉筆画(日本画・水彩画)
本人が直接筆を執って描いた一点ものです。
日本画(本画)
数百万円 〜 1億円以上
代表的なモチーフ(白馬、東山ブルーの風景など)や、展覧会への出品歴がある大作は1億円を超えることもあります。美術館収蔵レベルのものは、市場に出ること自体が稀な「究極の資産」です。
水彩・素描(デッサン)
数十万円 〜 300万円前後
シンプルなスケッチでも、東山魁夷の真筆であれば高い価値が認められます。
2. 版画(リトグラフ・木版画)
一般的に市場で「東山魁夷の絵」として流通しているものの多くは版画です。これには大きく分けて2種類あります。
生前作(オリジナル版画)
10万円 〜 150万円前後
魁夷本人の存命中に制作され、本人の直筆サイン(鉛筆書き等)や落款があるものです。
特に「白馬」が描かれたシリーズや《緑響く》などは人気が高く、100万円を超える価格で取引されることも珍しくありません。
没後作(新復刻版画)
数万円 〜 50万円前後
没後、東山すみ夫人(遺族)などの監修のもとで制作されたものです。
本人の直筆サインはありませんが、品質が高く、インテリアとしての需要が非常に高いです。
3. 工芸画・印刷物
工芸画(彩美版など)
数千円 〜 10万円前後
最新の印刷技術で再現されたもので、限定番号(エディション)がついていても、あくまで「高品質な複製」という扱いです。
掲載価格は過去のオークション実績などを参考にした市場相場の一例です。
実際の査定額・買取価格を保証するものではありません。

東山魁夷 木版画「潮音」
東山魁夷作品を展示している美術館・施設紹介
美術館
長野県立美術館 東山魁夷館
https://nagano.art.museum/hkg-collection
長野市城山公園内にある、東山魁夷の作品約980点を収蔵・展示する専門美術館。信州の風景を愛した東山魁夷からの寄贈により1990年に開館し、代表作「緑響く」や「白馬の森」の他、下図やスケッチなど、魁夷の制作過程を伝える貴重なコレクションを所蔵。
東京都国立近代美術館
東山魁夷より寄贈された《残照》以降の日展出品作品などの大作17点のほか、スケッチ・下図など多数収蔵。
など。多数のパブリックコレクションがある。
寺
唐招提寺
鑑真和上像が奉安される御影堂の障壁画は、毎年開山忌にあたる6月5日・6日・7日に一般公開される。
担当
作家コラム編集室 AYA
サイトコラム編集者
西洋美術が好きだけど、最近東洋美術も面白く感じてきた。学芸員資格を持っている。作家コラムを中心に更新中。
