土着と祈りの宇宙——棟方志功『板画・二菩薩釈迦十大弟子』考

絵画・版画買取 2026.09.19
棟方志功《二菩薩釈迦十大弟子》シリーズ「優波離の柵」

棟方志功《二菩薩釈迦十大弟子》シリーズ「優波離の柵」

昭和十四年(一九三九)の春、上野の帝室博物館(現・東京国立博物館)の一室で、一人の小柄な男が激しく心を揺さぶられていた。棟方志功である。その視線の先には、奈良・興福寺の伝須菩提像(釈迦十大弟子の一人)があった。あふれる涙を抑えきれず、棟方はその場で立ち尽くしたという。自身の至らなさを痛感したその日の感動は、やがて日本近代版画史を代表する大作『二菩薩釈迦十大弟子』へと結実していく。

西洋近代における版画は、複製技術としての側面を持ちながら、多様な技法と芸術表現を発展させてきた。一方、棟方は木という素材、そして彫刻刀が木肌を削る瞬間の生々しい感触に、自らの全霊を叩き込んだ。彼は「版画」ではなく、板そのものの性質を生かすという考えから、自らの木版画を「板画」と称した。

時代は昭和初期。日本が戦争へと傾斜していく時期でもあった。そのような時代にあって、柳宗悦らが推進した「民藝運動」は、名もなき職人たちが生み出す日常の生活道具に「無心の美」や「健やかな美」を見出し、日本の風土に根差した美の在り方を捉え直そうとしていた。

青森に生まれ、強烈な郷土意識と生命力を抱えて上京した棟方は、柳にその才能を見出され、自我だけに依拠するのではなく、自らを超えた大きなものに委ねるような創作観を深めていった。

『二菩薩釈迦十大弟子』には、釈迦の十人の弟子たち——舎利弗、目連、大迦葉、須菩提、富楼那、迦旃延、阿那律、優波離、羅睺羅、阿難——に加え、文殊、普賢の二菩薩が表されている。しかし棟方にとって重要だったのは、仏教図像を忠実に再現することだけではなかった。そこに刻み出された人物たちは、それぞれが強烈な個性を持ちながら、同時に「仏に近づこうとする人間」の姿そのものとして立ち現れている。

この作品の具体的な造形や構成を前にしたとき、まず圧倒されるのは、その空間の埋め尽くし方である。板木の端から端まで、余白を恐れるかのように、いや、あふれ出る祈りを抑えきれないかのように、彫り線のエネルギーがみなぎっている。

黒い墨と紙の白地が織りなす鮮烈なコントラストは、単なる明暗の表現を超えて、あたかも生命の呼吸そのものを視覚化したかのようである。そこには仏教美術の伝統を踏まえながらも、棟方が生まれ育った青森の風土や民間信仰にも通じる、力強く土着的な感覚が重なっている。遠いインドに起源を持つ釈迦の弟子たちが、棟方の手を通すことで、どこか身近で、人間臭く、生命力に満ちた存在へと生まれ変わっているのである。

美術市場および骨董的価値という観点から見ても、本作は極めて重要な位置を占める。とりわけ戦前期に摺られた作品は希少性が高く、現在では美術館をはじめとする公共施設に収蔵されているものも少なくない。市場に各作品が出品される機会は限られており、制作時期、摺りの状態、来歴、保存状態、揃いの程度などによって評価は大きく異なるものの、棟方志功を代表する板画作品として高く評価されている。

しかし、その市場価値だけでは、この作品の魅力を語り尽くすことはできない。そこには、技巧を誇示することとも、名声を求めることとも異なる、棟方独自の創作への情熱が刻み込まれている。

戦後、棟方はサンパウロ・ビエンナーレやヴェネツィア・ビエンナーレなどの国際展で高い評価を受け、「世界のムナカタ」として知られるようになる。だが、その根底にあったものの一つは、昭和初期、上野の博物館で興福寺の仏像に圧倒され、自らの表現を問い直した、少年のように純粋な感動だったのではないだろうか。

『二菩薩釈迦十大弟子』は、西洋美術の単なる模倣でも、伝統的な仏教美術の形式的な継承でもない。木という素材への深い信頼、仏への憧憬、そして青森の風土に育まれた土着的な生命感。それらが一つになって生まれた、棟方志功の芸術を象徴する作品なのである。

■参考文献

柳宗悦『民藝とは何か』
棟方志功『わだばゴッホになる:棟方志功自伝』

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担当

田川伸一

随筆家

随筆家。「文化史」「比較文化」など文化を通して現代社会にアプローチし、執筆活動を行う。美術に関するエッセイなどを更新中。