
1960年代末から1970年代初頭、日本の若者たちは大きな時代の曲がり角に立っていた。安保闘争や学生運動という巨大な政治のうねりは、熱狂と衝突、そして深い挫折という傷跡を若者たちの心に残しながら、次第に収束していった。学生運動のバリケードの中で未来を夢見た若者たちは、理想の後退とともに虚無感に直面することになる。街頭で声を上げた時代が遠ざかるなか、彼らは次にどこへ向かえばいいのかを模索していた。
そうした時代の空気のなかで、若者たちの手に握られたのが一本のフォークギターであった。ピアノやドラムのような大掛かりな機材を必要とせず、比較的手に取りやすく持ち運びのできるアコースティックギターは、自分たちの感情を表現するための格好の楽器となったのである。彼らは、公民館や大学のサークル室、あるいは狭い下宿の四畳半でギターをかき鳴らし、歌を紡ぎ始めた。
初期のフォークソングには、社会に対する「反逆」の精神が色濃く表れていた。岡林信康が歌った『山谷ブルース』に代表されるように、労働者や社会の片隅で生きる人々の悲哀に目を向け、それまでの流行歌とは異なる視点から社会の現実を歌った作品が次々と生まれた。当時の若者たちは、こうした歌の中に自分たちの問題意識を重ね、ギターのストロークに怒りや情熱を込めた。それは既存の社会に対する異議申し立てであると同時に、新しい時代を自分たちの手でつくろうとする憧れの表れでもあった。
しかし、政治の季節が去った後、フォークソングは大きな変貌を遂げる。大文字の「社会」や「革命」だけではなく、個人の日常や感情そのものが歌われるようになったのである。この時代の転換を象徴する存在の一人が吉田拓郎だ。1972年、彼は『結婚しようよ』をヒットさせ、それまでのフォークにまとわりついていた「暗さ」や「重さ」とは異なる、明るく軽やかな世界を提示した。若者が等身大の自分でいることを肯定するようなその歌は、新しいライフスタイルへの憧れを喚起した。
こうした流れのなかで、やがて「四畳半フォーク」と呼ばれる文化も広がっていく。その代表作として知られるのが、かぐや姫の『神田川』である。作詞を手掛けた喜多條忠は、自身の若き日の生活体験を背景として歌詞を書いたとされる。銭湯へ通う二人、洗い髪が冷えるまで待つ恋人、三畳一間の小さな下宿。そこに描かれているのは、決して歴史を変えるような大きな出来事ではない。しかし、その貧しくも愛おしい日常の風景は、多くの若者たちの胸を打った。
なぜ、若者たちは日常を歌うフォークソングにこれほどまでに熱狂したのだろうか。その背景には、高度経済成長によって都市化が急速に進み、地方から大都市へ移り住む若者が増えた時代状況もあった。東京という巨大な都市の片隅で、自分は何者なのか、どこへ向かっているのかという不安を抱える若者たちにとって、フォークソングは孤独に寄り添う音楽でもあった。
狭いアパートでギターを抱え、自分と同じような境遇を歌った曲を聴くとき、若者たちは音楽の中に自分の居場所を見出した。「反逆」の時代を経て、彼らは「個人の内面」に安らぎや共感を求めるようになったのである。それは、大勢で同じ理想を掲げる連帯とは異なり、自分自身の弱さや切なさを他者と共有するという新しい形のつながりであった。そしてそこにあったのは、華やかな夢物語とは異なる、生身の人間が送る日常そのものの美しさだった。
フォークソングの時代を彩ったのは、吉田拓郎やかぐや姫だけではない。井上陽水や泉谷しげる、加川良など、個性豊かなシンガーソングライターたちが次々と登場し、日本語の響きを生かした独自の詩世界を展開した。文学性を感じさせる歌詞も多く、若者たちはレコードのジャケットを眺めながら、その言葉の奥にある意味に思いを巡らせた。ギターのコードを覚え、自分なりの言葉でメロディを紡ぐことは、若者たちにとって自己表現そのものでもあった。
今日、私たちはフォークソングの全盛期から半世紀ほどを経た時代を生きている。音楽の聴き方は大きく変わり、誰もがスマートフォンで手軽に音楽をストリーミング再生できるようになった。しかし、フォークギターが奏でた「自分の言葉で日常を歌う」という精神は、現代のJ-POPやラップミュージックなどにも通じるものがある。誰もが自分自身の物語をSNSで発信できる現代において、日常の断片を表現へと昇華させたフォークソングの文化は、決して過去だけのものではない。
フォークソングの時代は、若者たちが反逆の炎を燃やし、その後、自分自身の生活という確かな足元へと目を向けていった時代でもあった。若者たちはギターをかき鳴らすことで自分たちの言葉を獲得し、社会の中で「私」を生きる方法を模索したのである。
一本のギターと等身大の言葉があれば、どんな時代でも自分の物語を紡ぎ出すことができる。フォークソングの時代が現代の私たちに伝えているのは、まさにそのことなのかもしれない。時代がどれほど便利になっても、自分の言葉で日常を歌い、ギターを鳴らす若者たちの憧れと情熱は、決して色褪せることはない。
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担当
田川伸一
随筆家
随筆家。「文化史」「比較文化」など文化を通して現代社会にアプローチし、執筆活動を行う。美術に関するエッセイなどを更新中。
