作品の査定・評価について
武曾保の作品を高く評価しております。
もし作品がお手元にございましたらぜひご相談ください。
武曾保(ぶ そうほ)は清末から民国期にかけて中国画壇で活躍した画家。1867年、浙江省杭州に生まれる。
のちに花や果物を主題とする絵画(花卉画)を中心に、書や篆刻も手がける文人画家として活動。
清末から民国初期にかけて
太い筆で勢いよく描く粗筆の設色花卉画(細密ではなく、力強さを重視した彩色画)を本格的に制作。
漢代の石碑や金石文に由来する**書の味わい(=古い文字文化の力強さ)**を、絵の表現に積極的に取り入れる。
呉昌碩の流れをくむ画家として注目される
当時の大家・呉昌碩に近い作風を持つが、単なる模倣ではなく、
荒々しさや独特の面白さを加えた個性的な表現を確立する。
牡丹図によって名声を得る
特に牡丹の花を描くことに秀で、
当時は「武牡丹」と呼ばれるほど、牡丹図の名手として知られるようになる。
書の分野でも高く評価される
八分書(漢代の隷書系の古い書体)を得意とし、
飾り気はないが、どっしりとして古格のある書風が、絵画表現とよく調和していると評価される。
西泠印社の早期メンバーとして活動
中国を代表する書画・篆刻の結社である西泠印社に、創設初期から参加。
子の武鐘臨とともに、書・画・篆刻を横断する金石派文人の一人と位置づけられる。
晩年、杭州に戻り文人交流を深める
晩年は杭州に帰り、東皋雅集(書画を愛好する文人たちの集まり)に参加。
詩・書・画を一体とした制作を続ける。
作品の特徴
多くの作品に自作の詩文を添え、
小細工に走らないおおらかさと、
迷いのない、はっきりとした明るさを感じさせる表現が特徴とされる。
1920〜1940年代の制作活動
《枇杷》《蔬果図》《平安富貴図》などの代表作を制作。
展覧会や売買記録が残り、当時の画壇で一定の評価を得ていたことが確認されている。
抗戦期の姿勢
戦時中、日本軍からの依頼による制作を拒否。
芸術家としての信念と誠実さを貫いた姿勢が、後年高く評価される。
1945年、79歳で没。
晩清から民国期にかけての、
金石味のある花卉画を代表する画家の一人として位置づけられている。





