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李鴻章

りこうしょう

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李鴻章

李鴻章(り こうしょう、1823-1901年)は、中国清代の政治家である。字は少荃。号は儀叟。諡は文忠。1823年2月15日に安徽省合肥で名士李文安の次男として生まれた。
士大夫の家系であり、父が進士だったため、幼少期から勉強に励む。その後、父の友人であった曽国藩のもとで習い、道光27年(1847年)の進士となる。翰林院に入るが、その間も曽国藩との関係は続く。
太平天国の乱が起こると1853年に太平天国鎮圧のために転属命令が出され、友人の呂賢基と共に故郷の安徽省へ戻る。安徽巡撫代理周天爵の幕僚となり、太平天国軍との戦いに加わる。1858年湘軍を率いる曾国藩の幕僚となった。
1862年には曽国藩の推薦で江蘇巡撫となる。太平天国軍攻撃下である上海に渡り、現地で結成された外人部隊・常勝軍と連携して上海防衛に功績をあげた。その後、1864年蘇州・常州を奪回して江蘇省を回復した。
同年、太平天国滅亡。滅亡に大きく貢献した功績が認められ伯爵に叙せられた。太平天国鎮圧が転機となり、軍事に大きく関わる。1867年に湖広総督に任命され、捻軍鎮圧。1870年曾国藩のあとを継ぎ、直隷総督兼北洋大臣に就任。1895年までの25年間この職を務めた。
また、外交政治を一手に担い、日清戦争後の1895年の下関条約では全権大使として調印を行ったことでも知られている。洋務運動の中心人物となる。海軍の建設や軍事工業の推進、鉄道の敷設など各方面に活躍した。
1901年11月7日に病死した。

年表
1823年 安徽省合肥に生まれる
1840年 科拳一次試験合格
1844年 二次試験の郷試合格
1847年 進士となる
1853年 太平天国鎮圧のため安徽省へ転属
1858年 曾国藩の幕僚
1862年 江蘇巡撫となる
1863年 江南機器製造総局を創設
1864年 伯爵に叙せられる
1867年 湖広総督に任命
1870年 直隷総督兼北洋大臣に就任
1873年 輪船招商局を設立
1895年 下関条約の調印を行う
1898年 膠州湾租借条約の交渉・締結にあたる
1901年 死去

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