作品の査定・評価について
張即之の作品を高く評価しております。
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張即之(1186年 – 1263年)、字は温夫(おんふ)、南宋の書法家です。1186年に参知政事(高官)であった張孝伯の子として、鄞県桃源郷(現・浙江省寧波市海曙区横街鎮)に生まれました。
博学多識で、「性格は清廉で、書籍を校訂することを好み、経書・史書の本文を自ら定めて善本を作った」と伝えられます。
父の功によって仕官し、財務官となり、後に財政監督官に昇進しました。
のちに嘉興県の地方長官に任じられましたが、意見が率直すぎたために罷免され帰郷しました。
また、皇太子の師・文書館長官に任じられましたが、官を辞して隠居しました。
張即之は書を得意とし、政治的には目立たなくても、文化人としては極めて高い評価を受けました。米芾(べいふつ)の書を学びながら、欧陽詢・褚遂良の構成と筆法を取り入れました。特に「擘窠書(大字書)」の名手で、その筆力は米芾・顔真卿・欧陽詢・褚遂良の系譜を継ぎながら、南宋的な柔らかさを加えた独自の書風を確立。この書風が後世(元・明・清)にも強い影響を残しました。
張即之の代表的な作品
- 報本庵記
- 書杜詩巻




