買取作家

土田麦僊

つちだ ばくせん

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土田麦僊

土田麦僊(つちだ ばくせん、 1887-1936年)は、大正から昭和時代に活躍した日本画家である。名は金二。1887年2月9日新潟県佐渡郡新穂村の農家の三男として生まれる。弟には哲学者の土田杏村がいる。

画家を志し、京都の鈴木松年に入門する。しかし病気のため、一度帰郷する。その後1904年に竹内栖鳳に師事し、徹底的に写生を学ぶ。麦僊の号を受ける。その後入門して約4ヶ月で京都の展覧会で入選を果たす。

1909年京都市立絵画専門学校に入学。在学中は、黒猫会に参加。また、1908年から文展に出品する。1911年に京都市立絵画専門学校を卒業。同年、小野竹喬らとともに前衛的な絵画運動の会である仮面会を結成する。
その後1918年には京都市立絵画専門学校出身の同士であった村上華岳や榊原紫峰、小野竹喬らとともに国画創作協会を設立する。国画創作協会は、伝統的な文展の審査のありかたに不満をもった若手日本画家たちが、西洋美術と東洋美術の融合及び、新たな日本画の創造を目指して結成したものである。近代の日本画革新運動の代表的なものとして日本美術史上重視されるてい。1918年の第1回展から1928年まで計7回を東京や京都で開催した。土田麦僊は毎回意欲作を出品。国画創作協会の中心的存在として活躍する。
その間の1921年から約1年半、竹喬、晩花とともに渡欧。ゴーギャンやルノワールに傾倒。伝統的な日本画に加え、西洋絵画の重厚なマチエールや合理的な空間を把握し、幾何学的な構図などを取り入れた新たな絵画の創造を目指していた。そのため、渡欧中は西洋絵画の研究と制作を行う。
一方で、コレクターとしての一面もあり、渡欧中に西洋絵画を収集していた。現在、大原美術館にあるセザンヌの『水浴』は麦僊旧蔵品である。自らを刺激とするため常に画室の壁に掛けていたものであると言われている。
国画創作協会解散後は帝展に復活し、活躍。その後1930年に審査員を務め、1934年には帝国美術院会員に任命され、活躍をみせた。
1936年6月10日すい臓がんのため死去。

作品は線が細く、繊細で鋭いため「鉄線描」と名付けられる。また、まっすぐで迷いのない線で描かれているのが特徴である。



年表
1887年 新潟県で生まれる
1904年 竹内栖鳳に師事 
1909年 京都市立絵画専門学校入学
1910年 黒猫会結成に参加
1911年 京都市立絵画専門学校卒業
      仮面会を結成
1918年 国画創作協会を設立
1921年 渡欧
1923年 帰国
1927年 フランス政府よりレジオン・ド・ヌール・シュバリエ勲章受章
1929年 第10回帝展出品作「罌栗」が宮内庁買い上げ
1930年 帝展審査員
1934年 帝国美術院会員に任命
1936年 逝去

土田麦僊 の代表的な作品

  • 「罰」
  • 「島の女」
  • 「海女」
  • 「大原女」
  • 「湯女図」
  • 「春」
  • 「舞妓林泉」
  • 「大原女」

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