作品の査定・評価について
富田幸七の作品を高く評価しております。
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京都の蒔絵師。
高蒔絵・研出し蒔絵など緻密な技術を駆使した伝統的な作風のものを残す。
1854年(安政元年) 京都生まれ
漢学を富岡鐵齋、国学を猪熊夏樹、絵画を岸光景に就いて学ぶ
1863年(文久三年) 山本利兵衛に師事
1895年(明治28年) 第四回内国勧業博「蒔絵紫式部手箱蓋裏」「桑材地色紙形蒔絵書棚」(京都奨美回出品)妙技二等
1898年(明治31年) 伏見宮殿下より功労状を拝受
1900年(明治33年) パリ万国博「二段式海濱図扉裏雲間ノ月卓」「研出マキエ夕陽群鳥ノ図広蓋」
1901年(明治34年) グラスゴー万国博「蒔絵小棚」銀牌
1904年(明治37年) セントルイス万国博「手箱 齢草模様」。金閣寺修理に際し、漆工工事監督を命ぜられる
1910年(明治43年) 没
高蒔絵・研出し蒔絵など緻密な技術を駆使した伝統的な作風のものを残す。
1854年(安政元年) 京都生まれ
漢学を富岡鐵齋、国学を猪熊夏樹、絵画を岸光景に就いて学ぶ
1863年(文久三年) 山本利兵衛に師事
1895年(明治28年) 第四回内国勧業博「蒔絵紫式部手箱蓋裏」「桑材地色紙形蒔絵書棚」(京都奨美回出品)妙技二等
1898年(明治31年) 伏見宮殿下より功労状を拝受
1900年(明治33年) パリ万国博「二段式海濱図扉裏雲間ノ月卓」「研出マキエ夕陽群鳥ノ図広蓋」
1901年(明治34年) グラスゴー万国博「蒔絵小棚」銀牌
1904年(明治37年) セントルイス万国博「手箱 齢草模様」。金閣寺修理に際し、漆工工事監督を命ぜられる
1910年(明治43年) 没




