作品の査定・評価について
玉楮象谷の作品を高く評価しております。
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日本の漆芸家。讃岐漆芸の元祖、日本の漆聖と称される。高松藩の漆器職人の家に生まれ、中国(宋・元・明)や東南アジアから伝来した技法を独自に研究し、「彫漆」「蒟醬」「存清(存星)」の三技法を創始。
日本独自の漆芸様式へと昇華させた。
1806年(文化3年)鞘塗師の家系に生まれる。姓は藤川、名を為造(為三)、通称は敬造。
祖父、父の指導の下、修練を重ねつつ、漆工、篆刻を学ぶ
1830年(文政13年) 高松藩に菓子盆を献上
1836年(天保7年) 《彫漆菊文鞍》を献上
1839年(天保10年) 《一角印籠》を九代藩主松平頼恕に献上
1851年(嘉永4年) 十代藩主松平頼胤の命により、《堆黒松ヶ浦香合18合》を制作。参勤交代の江戸土産となる。
1853年(嘉永6年) 名字帯刀を許され「玉楮」を名乗る
嘉永年間にアメリカの黒船が寒川の志度浦を訪れたときに象谷作の大盆が艦長へ送られ、艦長は大いに感謝したといわれる
1869年(明治2年) 没
玉楮象谷の代表的な作品
- 彫漆菊文鞍
- 一角印籠
- 堆黒松ヶ浦香合
讃岐(香川)漆芸の三技法
京都に遊学した玉楮象谷は、大陸からの伝来品から技法を独自に研究し、確立・発展した。
これらは現在、国の重要無形文化財にも指定されている。
- 蒟
- 漆を数十回塗り重ねた器の表面を、特殊な「蒟輪刀」で彫り、その溝に色漆を埋めてから平らに研ぎ出す技法
- 存清
- 黒や朱の漆器に色漆で文様を描き、その輪郭や細部に髪の毛ほどの細い彫り(毛彫り)を施し、そこに金粉などを入れる技法。
- 彫漆
- 数百回(厚さ数ミリ〜数センチ)塗り重ねた色漆の層を、彫刻刀で深く彫り下げることで、断面の色の重なりや立体的な文様を表現する技法。





