松本竣介まつもと しゅんすけ

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    松本 竣介(まつもと しゅんすけ、1912年(明治45年)4月19日 - 1948年(昭和23年)6月8日)は、日本の洋画家である。また、都会風景を好んで描いた画家としても知られている。都会の風景やそこに生きる人びとを理知的な画風で描いていた。作品の系統としては、青系統の透明な色調でありながら無国籍的な都会風景や人物をモンタージュ風に描いた系列と、茶系統のくすんだ色調で東京や横浜の風景を描いたものの2つがあるとされるが、戦時色が濃くなるにつれて、後者のくすんだ色調の風景が多くなった。その他にも1947年から48年にかけての短い期間だが、赤褐色を基調とした、太い線によるキュビズム的作品を描いたが、後に以前のような線を持つ作品へ戻った。
    出身は東京都渋谷であり、本名を佐藤 俊介という。その後岩手県で育ったが、17歳になる年に再び上京し、その後は東京で絵を描き続ける。一方で、文筆活動の活発であった画家でもある。また、中学校進学時に聴力を失ってしまう。1944年(昭和19年)制作の作品以降は、名前の文字を本名の「俊介」から「竣介」に改めた。また、竣介は柳瀬正夢編著の「無産階級の画家 ゲオルゲ・グロッス」という本を愛読しており、社会派のドイツ人画家グロッスの影響を受けたことが知られている。竣介の作品にはグロッスの作品のようなわかりやすい社会風刺や思想的なところはあまり垣間見れないが、線描のタッチからは影響を受けていると考えられる。
    太平洋戦争が始まる8ヶ月前の1941年(昭和16年)4月に軍部からの美術への干渉に抗議して、美術雑誌「みづゑ」437号に「生きてゐる画家」といった文章を発表したことはよく知られている。発表した文章「生きてゐる画家」と、戦後に画壇の民主化を提言した「全日本美術家に諮る」により反戦抵抗の画家とみなされた時期もあったが、戦中の国是であった高度国防国家建設には反対ではなかったことや戦意高揚のポスターを描いたことが判明しており、現在はそのような視点に立つ人は少なくなった。

    松本竣介の代表的な作品

    • 「街」
    • 「画家の像」
    • 「立てる像」
    • 「Y市の橋」
    • 「鉄橋付近」
    • 「裸婦」

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