中川一政なかがわ かずまさ

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中川一政 中川一政(なかがわ かずまさ、1893-1991年)は日本の洋画家、美術家、歌人、随筆家である。

1893年2月14日に東京市本郷区に警視庁巡査中川政朝の長男として生まれる。独学で油絵を学び、21歳の時油絵作品の「酒倉」を巽画会第14回展に出品し入選した。この作品が審査員であった岸田劉生に認められ、画家を志すようになる。


その後岸田劉生に師事し油彩技術の向上を目指し本格的に画業に専念。巽画会第15回展には「監獄の横」他2点を出品し椿貞雄とともに最高賞にあたる二等銀牌を受賞するなど活躍をみせた。
また、劉生や木村荘八らと草土社を組織し同人となり、草土社展へは、第9回展で終了するまで出品を続けた。劉生を通し武者小路実篤、志賀直哉、長与善郎らとも出会う。
その後の1922年には小杉放庵・石井鶴三・木村荘八・岸田劉生・椿貞雄らと共に春陽会の設立に参加する。一時ゴッホに傾倒し同14年訳書『ゴオホ』を出した。また、小杉放庵の肝入りによる老荘会に加わり、以後中国の古典に親しみ、1931年には麹町倉橋邸で最初の水墨画の個展を開いた。1937年小川芋銭・菅楯彦らと墨人倶楽部結成し、洋画界に地位を築く。


戦後は春陽会展など様々な場で新作発表を行った。1949年には神奈川県真鶴町にアトリエを構える。1958年には光琳生誕300年記念展覧会が北京で開催され、団長として中国を訪問した。
1975年には文化勲章を受章し、初期の日本的フォーヴィスムの画風から、次第に時流を超えた自己の絵画世界を展開し、簡潔明快で清朗な独自の作風をうちたてた。1986年には松任市立中川一政記念美術館が開館する。
日本洋画界の最長老の中川一政は、2月5日午前8時3分心肺不全のため神奈川県足柄下郡の湯河原厚生年金病院で死去した。享年97。


97歳と長命であったが、晩年まで創作活動を続けた。
絶筆はかねてから好んで描いたバラであった。バラを題材にした作品は判明しているだけで800点を超える。また、遺した美術品コレクションが競売にかけられた際、それまでに判明していなかったがゴッホの油彩画であることが判明した絵画があった。

70余年に及ぶながい画業をとおし、ひたすら独自の作風を追求し現代の文人画家とも称された。


年表
1893年 東京本郷に生まれる。
1914年 巽画会展に「酒倉」を出品 岸田劉生に見出されて入選。
1915年 岸田劉生に師事 草土社結成
1920年 初の個展(油彩)を開く
1922年 春陽会を設立参加
1923年 伊藤暢子と結婚
1925年 訳書『ゴオホ』出版
1931年 水墨画の個展を開く
1937年 墨人倶楽部結成
1943年 京都南禅寺無隣庵に水墨展を開く
1949年 神奈川県真鶴町にアトリエを構える
1958年 光琳生誕300年記念展覧会が北京で開催 団長として中国を訪問
1975年 文化勲章を受章。
1984年 東京都の名誉都民
1986年 松任市の名誉市民
    松任市立中川一政記念美術館開館
1989年 真鶴町真鶴町立中川一政美術館開館
1991年 2月5日心肺不全のため死去。97歳

中川一政の代表的な作品

  • 「漁村凱風」
  • 「薔薇」
  • 「箱根駒ケ岳」

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