買取作家

赤松麟作

あかまつ りんさく

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古美術永澤では 赤松麟作 の作品を高く評価し買取しております。
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赤松 麟作(あかまつ りんさく、明治11(1878)年10月11日-昭和28(1953)年11月24日)は、明治から昭和時代に活躍した日本の洋画家である。


岡山県津山に生まれるが、幼い頃に家族で大阪の中之島へ移住。洋画家の山内愚僊の内弟子として油彩画を始める。その後1897年、本格的に油彩画を学ぶために東京美術学校西洋画科に入学。在学中は黒田清輝に師事した。その後同校研究所に進むが翌年に退学。


退学後の1900年からは三重県第一中学校で教師を務め、1903年に和歌山県新宮中学校に転勤。1904年からは大阪朝日新聞社に入社し、挿絵記者として活躍した。


一方で作品の制作を続け、1902年の白馬会展に「夜汽車」を出品し白馬会賞を受賞。1908年には第2回文展に出品した「迷子」で初入選を果たした。その後も文展への出品を重ね、多数の賞を受賞した。その後は帝展にも出品を重ね、1932年に帝展無鑑査となる。


また、1910年に大阪梅田で赤松洋画塾を開設。1926年に心斎橋に画塾を写し、赤松洋画研究所と改名。関西女子美術学校校長や大阪市立美術研究所教授も務め、後進の指導に励んだ。1948年には洋画界育成の功労により、大阪府から知事文芸賞を受賞した。


赤松麟作は、油彩画以外でも才能を発揮し、木版画やペン画、水彩画などの作品も残している。レトロなタッチの作風は現在でも人気である。また、師であった黒田清輝の影響も見られ、外光派な作品も残されている。



年表
1878(明治11)年 岡山県津山に生まれる
1896(明治29)年 東京美術学校西洋画科選科 入学
1899(明治32)年 東京美術学校西洋画科選科 卒業
          東京美術学校研究科 入学
1900(明治33)年 東京美術学校研究科 退学
          三重県第一中学校 教員
1902(明治35)年 白馬会展に「夜汽車」を出品 白馬会賞
1903(明治36)年 和歌山県新宮中学校 教員
1904(明治37)年 大阪朝日新聞社 入社
1908(明治41)年 第2回文展に「迷子」を出品 初入選
1910(明治43)年 大阪梅田に赤松洋画塾 開設
1911(明治44)年 第5回文展に「午後三時」を出品 褒状
1913(大正2)年 第7回文展に「おきな」「鶏と子供」を出品
         「おきな」は褒状
1915(大正4)年 朝日新聞社 退社
1918(大正7)年 光風会会員
1927(昭和2)年 大阪市立工芸学校 教員
1932(昭和7)年 帝展無鑑査
1936(昭和11)年 関西女子美術学校 教授
          光風会退会
1937(昭和12)年 明治記念館壁画「明治天皇津村別院行幸図」を完成
1940(昭和15)年 大阪市美術展覧会審査員
1941(昭和16)年 関西女子美術学校 校長
1945(昭和20)年 大阪市立美術研究所 教授
1948(昭和23)年 大阪府より知事文芸賞 受賞
1953(昭和28)年 死去

赤松麟作 の代表的な作品

  • 「夜汽車」
  • 「孔雀」
  • 「白い扇」

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