北川民次きたがわ たみじ

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    北川民次 北川 民次(きたがわ たみじ、1894年~1989年)は静岡県生の洋画家。
    特特なデフォルメによる生命感あふれる作風で知られている。
    生家は農業で製茶業を営み、アメリカへも茶を輸出していた。
    明治43年県立静岡商業学校を卒業し早稲田大学へ入学したが、中退しカリフォルニア在住の伯父を頼って渡米した。
    翌年、ニューヨークのアート・ステューデンツ・リーグに入り、社会的主題を描いたジョン・スローンに師事、ここで国吉康雄と相識った。

    大正10年、アート・ステューデンツ・リーグを卒業するまでの間、苦学を重ね主に舞台美術家として生計をたてていた。
    同12年、アメリカ南部からキューバへ放浪、同年9月メキシコのオリサバに着き、サンテーロ(聖画行商人)となって村々を転々とした。
    同年中、サンカルロス美術学校に入学、特待生となり3カ月で卒業する。
    翌年、チュルブスコ村の旧僧院で研修する画学生の一員となり、この頃、リベラ、オロスコ、シケイロスらと交際。
    彼らの推進する野外美術学校に関わることになり、同14年からのトランバムの野外美術学校奉職を経て、昭和6年タスコに移した野外美術学校の校長となった。
    同8年には、メキシコ旅行中の藤田嗣治が訪問する。同11年、学校を閉鎖して帰国し、一時愛知県瀬戸市に寓居した。
    翌年、上京し、藤田嗣治の紹介で同年の第24回二科展に「メキシコ、タスコの祭日」「同、銀鉱の内部」「同、悲しき日」「メキシコの三人娘」「瀬戸の工場」を出品し、会員に推挙された。
    同年、数寄屋橋の日動画廊で第1回目の個展「メキシコ作品展」を開催する。

    戦前は、二科展の他、聖戦美術展、紀元二千六百年奉祝美術展、新文展にも出品した。
    戦後は、二科展をはじめ、美術団体連合展、日本国際美術展、現代日本美術展、国際具象美術展、国際形象展、太陽展などに制作発表を行う。
    その間、瀬戸の民衆生活を題材に、独自のデフォルメによる原始的な生命感の横溢する作風を展開、1960年代からは色彩の上で一転し、それ以前のいわゆる「灰色の時代」から鮮烈な原色の明るさをました。
    一方、メキシコ時代に身につけた銅版画をはじめ、石版、木版画もよくした。
    また、児童美術教育にも力を注ぎ、昭和24年名古屋市東山動物園内に名古屋動物園美術学校を開設、名古屋市東山に北川児童美術研究所を設立、翌年には、創造美育協会の創立に発起人として参加した。

    同30年から翌年にかけ、メキシコを再訪したのち、中南米、フランス、スペイン、イタリアを巡遊する。
    第6回現代日本美術展出品作「哺育」で優秀賞を受賞。同48年東急日本橋店他で「画業60年北川民次回顧展」(毎日新聞社主催)が開催された。
    同53年、東郷青児の死去のあと二科会会長に推されたが、「残る人生は、ただ描くために」と同年9月会長を辞し、翌年二科会も退会した。

    肺線維症のため愛知県瀬戸市の陶生病院で死去した。享年97歳。

    北川民次の代表的な作品

    • 「タスコの祭日」
    • 「哺育」

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