
板谷波山による辰砂釉の花瓶をお取り扱いいたしました。深い赤紫色の発色が特徴的で、釉薬の濃淡による自然な揺らぎが全体に広がり、艶やかで力強い存在感を放っています。
板谷波山(1872–1963)は、日本の近代陶芸を代表する陶芸家であり、人間国宝に相当する文化勲章を受章した人物です。彼は東京美術学校で彫刻を学んだのち陶芸へ転じ、西洋的な写実性と日本的な意匠感覚を融合させた作風を築きました。波山の陶芸は形の端正さに加えて、釉薬の探求に大きな特色があります。
その中でも特に有名なのが本作のような辰砂釉(しんしゃゆう)の研究です。辰砂釉は古代中国、宋代の景徳鎮(※中国を代表する陶磁器の名窯)などで珍重された銅系の釉薬で、還元焼成(※窯の中の酸素を少なくし、不完全燃焼状態で焼くこと。銅や鉄などの金属成分が特有の色に発色する)によって深紅から紫紅色の発色を示します。しかし、その焼成は非常に難しく、酸化焼成(※空気を十分に取り入れ、酸素を多く含む状態で焼く。明るい色が出やすい)と還元焼成の加減で色が灰色や褐色に濁ることもしばしばであり、「窯変(ようへん)」と呼ばれる偶然の美を伴う技法でした。
波山はこの辰砂釉を安定して美しく発色させるために長年の研究を重ねました。その成果として、濁りのない深紅色や紫味を帯びた透明感ある辰砂釉を生み出し、独自の芸術性を確立しました。波山作品の辰砂釉は、濃淡のグラデーションや釉の流れによって光の反射が微妙に変化し、単色ながらも奥行きのある表情を見せる点に特徴があります。
また、辰砂釉の発色は「宝石のような赤」とも称され、西洋絵画的な色彩感覚と日本的な落ち着きを併せ持つものとして高く評価されました。そのため、波山の辰砂花瓶は、単なる工芸品ではなく近代陶芸を芸術の域へと高めた代表的作品の一つといえます。
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