
明治期に日本で流通した商館時計の中でも、たいへん貴重な構成を持つ一点をお譲りいただきました。時計本体は、スイスのアール・シュミット社によって製造され、明治27年以降、横浜居留地で営業していたエフ・ヘロブ商會を通じて日本市場に流通したものです。
時計の文字盤はローマ数字で構成され、6時位置にスモールセコンドを備えた機械式手巻きの構造を採用しています。特筆すべきは、盤面中央に金色で表現された槍を構えた騎士の紋章であり、これはアール・シュミット社のブランドマークとして知られるものです。この意匠は、時計が同社製である確かな証であり、ブランドを象徴する美術的要素でもあります。
本体は太めの金属製チェーンとともに、太陽を想起させる装飾チャームを備えており、当時の上流階級向けに制作された時計であったことがうかがえます。また、時計本体は布張りのクッション付きケースに収められ、さらにその外側を専用の布製カバーで保護されていました。こうした丁重な保管構造は、本品が日常的な実用品としてではなく、贈答や記念品、あるいは富裕層の格式ある所有物として扱われていたことを強く示唆しています。
ケース内側には「F. HERB & Co.」「エフ・ヘロブ商會」「横濱九拾五番」という刻印が金糸刺繍で施され、さらには時計盤面と共通の騎士図も描かれております。これは単なる販売業者名の表示を超えて、当時の商館による独自ブランド展開と、輸入品への誇りを感じさせるものです。
このように、本品は商館時計としての典型的な構成を保ちながらも、時計本体・装飾チェーン・専用ケース・販売商会の記録まで揃った完品であり、明治期の西洋時計輸入史と日本の近代商業文化を伝える非常に貴重なお品と評価させていただきました。
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