
第二次世界大戦期に製造されたスイス製の軍用懐中時計をお譲りいただきました。本品は、黒文字盤にアラビア数字を配し、“SWISS MADE”の表記を備え、当時イギリス軍向けに官給品として支給されたモデルです。外観や構成は、英国軍のGS/TP(General Service Trade Pattern)と呼ばれる規格に準じており、視認性と実用性を重視した戦時設計が随所に見受けられます。
とりわけ注目されるのは、文字盤に施されたラジウム夜光塗料の量と塗布の仕方です。数字や目盛りの外周に盛り上がるように配置された夜光ドットは、筆先などによる手作業によって厚く塗布された痕跡を残しており、視認性を極限まで高めるための工夫が凝らされています。このようにラジウムが多く使われた個体は、戦場や照明の届きにくい施設内など、暗所での即時判読が必須とされた状況で使用された可能性が高いと考えられます。
当時のイギリス軍では、夜間作戦・通信・砲撃の時刻測定・兵站管理などにおいて、正確で迅速な時間把握が求められていました。その中で、携帯性と高い視認性を兼ね備えた懐中時計は、腕時計以上に重要視される場面も少なくなかったといわれています。特に将校や通信兵、砲撃指揮担当など、時間に基づいた指示系統を司る任務においては、ラジウム夜光が多めに施された視認性強化型の時計が選定されたと思われます。
本品は風防や針、文字盤の構成からも、1940年代のミリタリーデザインを色濃く残しており、実用品でありながら戦争という特殊な時代の要求を正確に反映した構造となっています。
夜光塗料は酸化により赤くなっているものの、当時の手作業による塗布跡が生々しく残っている点は、実用から資料的価値への転換を示す象徴的な痕跡といえるでしょう。戦時下に実際に使われた個体として、その物語性と技術背景の両面から評価させていただきました。
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