
フェニキア地方ティルスで発行されたテトラドラクマ銀貨、いわゆる「ティルスのシェケル銀貨」をお譲りいただきました。
この銀貨は、紀元前2世紀から紀元1世紀にかけて鋳造されたとされ、長きにわたり商業および宗教的な決済手段として重用された歴史的意義の高いコインです。
表面には月桂冠を戴いた神像が右向きに刻まれており、これはフェニキア神話の主神メルカルト(ギリシア神話におけるヘラクレスと習合)を表しているとされています。やや若々しく、整った髪型と端正な顔立ちで描かれたこの肖像は、アレクサンドロス大王の理想化像とも類似し、当時の英雄観・神格観が色濃く反映されています。
裏面には立ち姿の鷲が刻まれており、ギリシア語で「ΤΥΡΟΥ ΙΕΡΑΣ(聖なるティルス)」と読むことができる刻字が周囲に配置されています。鷲の脚元には舵輪あるいは棍棒のような意匠が見られ、都市の象徴性と海洋国家としての背景を同時に物語っています。
このコインは、かつてユダヤ教神殿への納税(いわゆる「神殿税」)にも使われていたとされ、宗教史・貨幣史の両面で極めて重要な存在です。新約聖書に登場する「銀30枚」も、同種の銀貨であった可能性が指摘されており、信仰的背景を含む象徴的なアイテムとして評価されています。
今回お預かりした品は、長年の使用と埋蔵環境による摩耗が認められるものの、主要な図像や刻字は十分に確認できる状態であり、保存状態としては中等以上と判断されました。特に表裏ともに意匠が鮮明に残っている点は評価され、学術的・文化財的価値を踏まえた適正な査定額をご提示させていただきました。
現在の市場でも本銀貨は安定した需要を有しており、収集家・研究者・宗教史愛好者の間で高い人気を誇ります。信仰と権威の象徴として機能した本品をお譲りいただけたこと、心より感謝申し上げます。
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