
初代 歌川広重による浮世絵「東海道五十三次の内 吉田 豊川橋(よしだ とよがわはし)」です。
東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)は、江戸時代に徳川家康が整備した江戸・日本橋と京都・三条大橋を結く幹線道路(東海道)に設けられた53の宿場のことです。
古来、道中には風光明媚な場所や有名な名所旧跡が多く、浮世絵や和歌・俳句の題材にもしばしば取り上げられています。
吉田宿は34番目の宿場で、現在の愛知県豊橋市にあたります。
江戸と京都のほぼ中間に位置し、吉田城の城下町と湊町(船町)が一体となった大規模な宿場町で、大名や公家、幕府の役人などが宿泊・休憩した施設である本陣が2軒、脇本陣が1軒、旅籠が65軒もありました。これは三河国内で最大の規模を誇りました。「吉田通れば二階から招く、しかも鹿の子の振り袖が」などと詠われる東海道の中でも賑わいと華やぎに満ちた宿場でした。
豊川橋は豊川に架かる大橋で約200メートルにもおよび、豊川橋とも吉田大橋とも呼ばれています。
修復中の吉田城の鉄櫓(くろがねやぐら)に組まれた足場の上で手を振る職人がおり、広重の描く職人の穏やかさを感じます。
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