
こちらは「東海道名所風景 左側: 歌川芳虎「東海道 宮」/右側: 豊原国周「東海道之内 天竜川」」です。
「東海道名所風景」は文久三年の四月から七月にかけての改印を持つ160点以上におよぶ大判錦絵竪形の揃物で16人の浮世絵師によって描かれた作品です。十四代 将軍徳川家茂の上洛を題材にしており、「御上洛東海道」、「合作東海道」などと呼ばれています。
右側は、宮宿から桑名を望む構図で描かれています。次の桑名宿(現在の三重県桑名市)への移動手段は船。距離が七里(約27km)あったため、この地は「七里の渡し」(しちりのわたし)と呼ばれ、数多くの浮世絵に画題として取り上げられました。向かってきているのは御座船(ござぶね)と呼ばれる大名や公家、幕府の役人など高貴な人物が乗る、屋根付きの豪華な船です
左側は、天竜川の「池田の渡し」に乗った人々が船から大名行列を見ている様子を描いています。江戸幕府は大河川の架橋を禁じていたため、渡し船によって移動する区間もありました。強風による高波が危険な難所だったことから、「舞阪一里、船に乗るも馬鹿乗らぬも馬鹿」といわれていました。




