「マイセン」ドイツ最高級食器ブランドの歴史と魅力

ブランド食器 2023.12.25

マイセン

300年以上の歴史を持つドイツの名窯「マイセン(MEISSEN)」。ヨーロッパで最初に硬質磁器を生み出し、のちのヨーロッパ磁器文化の先駆けとなりました。
窯印の「交差する剣」と、繊細かつ華やかなデザインが特徴で、今もなお世界中で愛されています。食器の種類やブランドを気にしたことがなくとも、名前は聞いたことがあるという方は多いのではないでしょうか?
今回は、ヨーロッパの硬質磁器の先駆者であり最高峰でもあるマイセンについてご紹介します。

マイセンの歴史

王侯貴族が憧れた東洋の白磁器

17世紀、海を渡って持ち込まれる中国の景徳鎮や日本の伊万里焼は、ヨーロッパの王侯貴族に大変人気がありました。
白く硬質な素地にコバルトブルーで絵付けした染付け磁器や色とりどりの色絵磁器は、当時のヨーロッパでは非常に珍しいもので、製造方法も伝わっていませんでした。
そのように珍しい極東の磁器を手に入れることは、富と権力そして優れた趣味の象徴とされ、上流階級の人々の見栄を満たすものでもありました。やがてヨーロッパ各国は競って硬質磁器の研究に取り組みはじめます。

若き錬金術師が解き明かした磁器製造方法

ドイツはザクセンのアウグスト強王は、東洋磁器の熱心なコレクターでありました。
強王の執念はすさまじく、生涯通して蒐集したコレクションは35,000点を超えており、自国の竜騎兵600人とプロイセン国王所蔵の中国磁器151点を交換したという逸話まで残っています。

18世紀、ドレスデンで活動していた19歳の錬金術師ヨハン・フリードリッヒ・ベドガーはアウグスト強王に見出され、磁器の研究と製造を命じられます。ベドガーはザクセン地方の土や鉱石を採取して研究をくり返し、ついにはエルツ山地で掘り出されたカオリンを主成分とする白磁土を用いることで、白磁器を焼き上げることに成功しました。

10年近い時間をかけて磁器製造を成功させたべドガーでしたが、その製法の重要さゆえ、アウグスト強王は彼に自由を与えませんでした。ベドガーが研究と製造のために軟禁されたのが、まさにドイツはザクセン州マイセンという街でした。街の中心を貫くエルベ川の流れは当時から重要な輸送手段となっており、磁器研究と製造においても舟運での材料輸送の容易さは、成功の鍵でありました。

アウグスト王は、エルベ川沿いの小高い丘の上にあるアルブレヒト城に工場を作り、そこにベドガーを閉じ込めて研究に没頭させたのです。
マイセン創立の礎を築いたベドガーですが、長年にわたる幽閉生活によって心身ともに蝕まれていたのか、軟禁を解かれてまもなく37歳という若さで亡くなりました。

多様な美術様式を経て、現代へ

ベドガーが磁器製造法を発見して以来300年、マイセンは伝統の継承だけでなく多くの美術様式を積極的に取り入れてきました。その結果「様式の宝庫」と言われるほど多彩な作品群を作り出すこととなりました。

バロック様式

マイセン バロック様式アウグスト強王が愛した重厚かつ壮麗なバロック様式。マイセンでは18世紀に作られた大型の水差しや卓上装飾にこの様式を見ることができます。2,000以上のピースから成る「スワンのサービスセット」は、バロック様式の代表的なものです。

ロココ様式

マイセン ロココ様式18世紀前半から後半にかけてフランスで栄えたロココ様式は、マイセンにおいても18世紀半ばから大きな流行を見せました。フランス宮廷の雅さと優美さが持ち込まれており、複雑な曲線や金彩を用いた華麗な様式が特徴です。典型的なものに、アントワーヌ・ヴァトーやフランソワ・ブーシェの銅版画からモチーフをとった食器が典型的です。「優雅な男女の集い」「恋の戯れ」などのほか、堅苦しい宮廷を抜け出して田園で戯れたいという貴族達の気持ちを反映するように「羊飼い」「ブドウ絞り」などの題材も好まれました。

新古典主義

マイセン 新古典様式18世紀半ばから19世紀にかけて、バロックとロココに対する反動として生まれた古典的かつ禁欲的な様式です。ポンペイやアテネの古代遺跡発掘によって大流行しました。ヨーロッパ人の魂と美のふるさとであるギリシア・ローマ時代に回帰して、形式美や秩序に重きをおいた気品ある表現が多く生み出されました。ストライプの間に愛らしい小花を描いた「ストライプ文様」や、燃え上がるようなオレンジを効果的に配した「マルコリーニの花」が、この時代を代表する花絵付けとなっています。

ビーダーマイヤー様式

マイセン ビーダーマイヤー様式ドイツ国内の政情が不安定だった19世紀前半、身近で日常的な家庭の中に平和を見出そうとした市民の様式です。マイセン設立から時代が下り、顧客層が上流階級から市民階級へと移り変わっていく中で、比較的安価な柄が開発されました。マイセンの花絵付けを代表する「マイセンのバラ」、忠実と幸運を意味する「ワインリーヴ」、人々の愛情や絆を象徴する「リボン」、結婚式のバージンロードに撒かれる「小花散らし」などは、今も高い人気を誇っています。

歴史主義

マイセン 歴史主義芸術様式としての歴史主義は、19世紀半ばから特にオーストリアやドイツで流行しました。ギリシア・ローマ様式、ルネサンス、バロック、ロココ、ジャポニズムなど、さまざまな様式がひとつの作品の中で渾然一体となっているのが特徴です。1893年のシカゴ万博に出品された「宝石箱」は、その典型と言えるでしょう。

自然主義

マイセンにおける自然主義は19世紀後期に始まりました。先鞭をつけたのは、マイセンの養成学校で教授として活躍したユリウス・エデュアール・ブラウンスドルフ。水彩画のような流麗な筆致と自然そのものの美しい色合いに特徴があり、その後のマイセンに多大な影響を与えました。

アール・ヌーヴォー

19世紀末からフランス、オーストリア、ベルギーなどで広がった「新しい芸術」の潮流であるアールヌーヴォー。ロココ様式における優雅な装飾性の流れを踏襲し、植物などをモチーフにした自由な曲線が特徴です。マイセンでは外部アーティストを積極的に招聘することで、いち早くこの流れを取り入れました。マイセンで生まれ育ったユリウス・コンラート・ヘンチェルの「子供シリーズ」も、素朴で愛らしい表情が今も多くの人に愛されています。

現代

1960年、マイセン製作所に「芸術の発展を目指すグループ」というアーティスト集団が結成されました。新たな芸術の創造を目指し、「生きる喜び」を感じさせるユニークで夢あふれる作品を多く作り出しました。
ハインツ・ヴェルナーによる「アラビアンナイト」「サマーナイト」、ペーター・シュトラングの「サーカスシリーズ」「真夏の夜の夢」、ルードヴィッヒ・ツェプナーが睡蓮をイメージして創作したテーブルウェアなどがあります。
マイセンは300年の伝統とともに新たな技術と芸術性を取り入れ、今も素晴らしい作品を生み出し続けています。

マイセンの特徴

青い交差剣の窯印

コバルトブルーで描かれた交差する剣の窯印は、1722年に採用されました。時代ごとにさまざまに変遷が見られ、窯印を見ることでいつ頃の作品かある程度分かります。
この窯印が生まれる前は、選帝侯アウグスト・レックスの頭文字“AR”のモノグラムが使用されているか、もしくはなにも描かれていませんでした。
剣の窯印を描き入れるのは、男性はシュヴェルトラー(Schwertler)女性はシュヴェルトリン(Schwertlerin)と呼ばれる少数名の専門絵付師です。描き入れ作業は釉薬をかける前に行われるため、修正は一切効きません。一見シンプルなマークにもプロの仕事が光ります。
マイセン300周年を記念して作られた「剣マーク カラフル」は、日常使いにふさわしいカラフルでポップなシリーズとなっています。かのアウグスト強王も、自身の紋章がこのような愛らしい作品に昇華されていると知ったらびっくりするかもしれません。

東洋の影響を色濃く受けた美しく精緻な文様

東洋磁器の模倣から出発したマイセン。1730年頃には、柿右衛門様式の正確な模倣品が多数生産されています。濁手の乳白色、余白を活かした気品ある絵付け、鮮やかで清澄な色使い。このような柿右衛門窯に見られる伝統的絵柄、または鍋島焼の金襴手などは「インド文様」と呼ばれ、マイセンの絵付部門のひとつとして確立されています。
この「インド文様」とは、貿易によって東洋の文物をヨーロッパに広めたオランダ東インド会社にちなんだ呼称です。

マイセンの代表作と現在の評価

ブルー・オニオン

マイセン オニオン1739年に生まれた、マイセンを代表するベストセラー。
いわゆるサービス・セットだけでなく、花瓶やランプ、調理用麺棒、調味料入れなど、そのアイテム数は700以上にのぼります。
中国の染付技法を活かしており、文様にもその影響が見られます。もとは豊穣のシンボルであるザクロ、長寿のシンボルである竹、幸運を呼ぶ桃が描かれていました。しかし絵付師がザクロを見たことがなく、タマネギと間違えたためにこのような柄になったといわれています。

マイセンのバラ

マイセン ローズビーダーマイヤー時代に開発された「マイセンのバラ」は、マイセンを代表する絵柄のひとつです。様式化された絵柄であり、純白の素地に柔らかく優しい色合いの花が描かれ、花の側面に蕾が配置されているのが特徴です。
手頃な価格の小皿から、おもてなしの席を彩る大きなプラターまで、多数のシリーズがあり、日本でも非常に人気があります。

人形(フィギュリン)

猿の楽隊、真夏の夜の夢、子供シリーズなど、18世紀から作られ続けているマイセンの人形(フィギュリン)は今も高い人気を誇ります。磁器ならではのつややかな質感と繊細な色使いはいうまでもなく、臨場感あふれるポーズや表情も魅力です。
現在でも、シリーズで蒐集する愛好家がいるアイテムのひとつとなっています。

終わりに

東洋に憧れヨーロッパで最初の硬質磁器を生み出し、今も素晴らしいアイテムを生み出し続けているマイセン。ヨーロッパを代表する老舗ブランドは、ここ日本でも贈答品・日常使いの品として長く愛されてきました。

そんなマイセンは買取市場でも人気があり、作品によっては高額で取引されています。
キズや汚れがあっても、査定額が高くなることは少なくありません。マイセン作品の買取をご検討されている方は、ぜひ一度ご相談ください。

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担当

小川芳朋

編集部

西洋陶磁器が専門。 美しい物と怖い物について書いています。 アンティーク食器のほか、蚤の市、廃墟、妖怪に詳しい。