
「スペースインベーダー」のテーブル型筐体
Photo: Tomomarusan / Wikimedia Commons / CC BY 2.5
1970年代後半、若者たちの青春の一場面は、薄暗い喫茶店の片隅にありました。当時の日本は、高度経済成長という華やかな時代が終わりを告げ、オイルショックを経て、社会にはそれまでとは異なる空気が漂い始めていました。テレビをつければ景気や社会情勢をめぐるニュースが流れ、学生たちの前には「受験戦争」と呼ばれる厳しい競争も待ち受けていました。
将来に対する漠然とした不安を抱えながら、どこか息苦しさを感じていた若者も少なくなかったことでしょう。そんな日常の中に、鮮やかな光と電子音とともに登場したのが株式会社タイトーの「スペースインベーダー」でした。
放課後、友人たちと街を歩き、ふと立ち寄った喫茶店。そこに置かれたテーブル型のゲーム機では、小さな宇宙人たちが整列し、独特の電子音とともにじわじわと迫ってきます。100円硬貨を投入すれば、それまでの日常とはまったく異なる世界が小さな画面の中に広がりました。
当時の喫茶店は、大人たちの社交場であると同時に、若者たちにとってちょっとした秘密基地のような場所でもありました。コーヒーを一杯注文し、友人たちと交代しながらゲーム機に向かう。そんな光景が各地で見られるようになります。
画面の中のインベーダーを倒し、少しでも高いスコアを目指す。ゲームに集中しているひとときだけは、受験のプレッシャーや将来への不安を忘れることができました。そこにあるのは、ボタンを押す指先の感覚と、迫り来るインベーダーの動きを見極める集中力だけです。
やがて「名古屋撃ち」や「レインボー」といった攻略法も知られるようになり、それを成功させることもプレイヤーたちの楽しみの一つとなりました。友人同士で攻略法を教え合い、ハイスコアを競うことは、一種のコミュニケーションでもあったのです。
小さな画面に映し出された電子の光は、当時の若者たちにとって未知の宇宙であり、新しい時代を予感させる世界でもありました。
やがてインベーダーゲームの熱狂は社会現象となり、街にはゲーム機を多数設置した「インベーダーハウス」と呼ばれる店も登場します。一方で、ゲームセンターなどが若者のたまり場として見られるようになり、ゲームに対して世間から厳しい視線が向けられることもありました。
しかし、純粋にゲームを楽しむ若者たちにとって、喫茶店やゲームセンターで友人と過ごした時間は、学校とはまた違った濃密な青春のひとときでした。
画面の中のインベーダーと戦うことは、当時の若者たちが抱えていた漠然とした閉塞感から一時的に解放される行為でもあったのかもしれません。決められたルールの中ではあっても、自分の判断と指先の操作によって結果が変わる。その単純明快な世界には、現実とは異なる爽快さがありました。
やがて学生たちは卒業し、それぞれの道へ進んでいきます。インベーダーゲームの大ブームも次第に落ち着き、時代はパーソナルコンピュータや家庭用ゲーム機が存在感を増していく時代へと移り変わっていきました。
それでも、薄暗い喫茶店の片隅で、光る画面に向かって友人たちと一喜一憂した記憶は、当時を知る世代にとって青春の風景の一つとして残っていることでしょう。
100円硬貨を握りしめ、順番を待ちながら友人のプレイを眺める。独特の電子音が響き、テーブルの中ではインベーダーが少しずつ迫ってくる――。
今では懐かしいその光景には、日本がアナログからデジタルへと大きく歩み始めた時代の空気も映し出されています。あの小さな画面から放たれた光は、単なるゲームの光ではありませんでした。それは、新しい遊びや文化、そしてこれから訪れるデジタル社会を、若者たちにいち早く垣間見せた光でもあったのです。
■参考文献
赤木真澄『それは「ポン」から始まった アーケードTVゲームの成り立ち』
大塚英志『定本・物語消費論』
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担当
田川伸一
随筆家
随筆家。「文化史」「比較文化」など文化を通して現代社会にアプローチし、執筆活動を行う。美術に関するエッセイなどを更新中。
