夕暮れ時、あるいは夏休みの日差しが照りつける路地に、乾いた音が響きます。「パチンッ」。地面に叩きつけられたメンコが、相手の一枚を裏返す音です。
昭和の子どもたちにとって、路地や空き地は身近な遊び場の一つでした。そこではメンコやベーゴマ、缶蹴りなど、その場に集まった子どもたちが工夫しながらさまざまな遊びを楽しんでいました。
なかでもメンコは、厚紙に絵柄を印刷した極めて素朴な玩具でありながら、長く親しまれた遊びの一つです。
しかし現在、古いメンコをあらためて眺めてみると、それは単なる子どもの玩具だけではないことに気づきます。相撲取り、野球選手、映画俳優、漫画やアニメの登場人物など、その時代に人気を集めた人物や文化が、小さな紙面の中に描かれているからです。
メンコは昭和の遊びの記憶とともに、当時の大衆文化や印刷文化を現在に伝える資料でもあるのです。
手のひらの中にあった遊び
メンコ遊びの基本は非常に単純です。
地面に置いた相手のメンコに向かって自分のメンコを叩きつけ、その風圧や衝撃によって相手のメンコを裏返します。地域や時代によって細かなルールには違いがあり、勝った者が相手のメンコを受け取る「勝ち取り」が行われることもありました。
単純な遊びに見えて、実際には投げ方によって結果が大きく変わります。
腕を振り下ろす角度、手首の使い方、メンコを地面に当てる位置など、子どもたちは遊びの中で、それぞれ自分なりの方法を身につけていきました。
また、お気に入りのメンコを少しでも扱いやすくしようと、折り目をつけたり、形を整えたりすることもありました。
市販された玩具でありながら、遊び方まで完全に決められているわけではありません。その余白の大きさも、メンコが長く子どもたちに親しまれた理由の一つだったのでしょう。
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路地裏に生まれた小さなコミュニティ
メンコは一人で完結する遊びではありません。
路地や空き地に子どもたちが集まり、誰かがメンコを取り出せば、自然に遊びが始まります。そこには同級生だけでなく、少し年上や年下の子どもが加わることも珍しくありませんでした。
年長の子どもの投げ方を真似したり、地域特有のルールを教わったりしながら、遊び方は子どもから子どもへと伝えられていきました。
同じ「メンコ」という玩具であっても、遊び方や呼び名、勝敗の決め方などには地域による違いがありました。こうした違いも、全国一律ではない子ども文化の面白さの一つです。
日常の遊びそのものが記録に残される機会は、決して多くありません。そのため、当時遊んだ人々の記憶や、実際に残された玩具は、昭和の生活文化を知るうえで一つの手がかりとなります。
メンコに描かれた「時代の人気者」
古いメンコの面白さは、遊び方だけではありません。
表面に印刷された図柄を見ると、その時代の子どもたちが何に憧れ、どのような人物や物語に夢中になっていたのかが伝わってきます。
戦前から戦後にかけて作られたメンコには、相撲取りをはじめ、その時代の人気者や物語を題材にしたものが見られます。戦後になるとプロ野球選手、映画スター、漫画やテレビ番組の登場人物など、題材はさらに多様になっていきました。
子どもたちは単に遊ぶためだけではなく、好きな人物や絵柄を集めることそのものにも楽しみを見いだしていました。
つまりメンコには、「玩具」と「収集品」という二つの側面があったのです。
現在、古いメンコを見てみると、当時のスポーツ人気や映画文化、漫画文化、テレビ文化などが一枚一枚の図柄から読み取れます。
小さな紙片でありながら、そこには当時の大衆文化が凝縮されています。
印刷物として見るメンコの魅力
メンコは、紙もの資料として見ても興味深い存在です。
鮮やかな色彩、大胆な人物配置、大きな文字、限られた面積の中で目を引く構図など、そのデザインには子どもの興味を引くためのさまざまな工夫が見られます。
古い時代のものには、色のずれや紙質の違い、印刷のかすれなどが見られることもあります。それらもまた、当時の印刷物ならではの特徴です。
また、同じ題材でも製造元や時期によって図柄が異なり、シリーズとして作られたものも存在します。
古い広告やポスター、絵葉書、商品ラベルなどがその時代のデザインを伝えているように、メンコもまた、大衆向け印刷物の一つとして見ることができます。
子どもの遊び道具として使われたため、傷や折れ、汚れが残っているものも少なくありません。しかし、その使用痕から実際に遊ばれていた当時の様子を感じ取ることもできます。
遊び道具から文化資料へ
昭和後期から平成にかけて、都市の風景や子どもの遊び方は大きく変化しました。
空き地や路地で大勢の子どもが集まって遊ぶ光景は次第に少なくなり、テレビゲームをはじめとする新しい遊びが広がっていきます。
ただし、それは新しい遊びが古い遊びより優れている、あるいは劣っているということではありません。
遊びの形が変化したからこそ、かつて日常的だったメンコやベーゴマ、紙芝居、駄菓子屋などの文化が、今では昭和という時代を知るための資料として見直されるようになったとも考えられます。
当時は安価な玩具であり、遊び終われば処分されることも多かったメンコが、数十年という時間を経て、懐かしい時代を伝える品となっています。
骨董品や古い品物の面白さは、必ずしも高価な美術工芸品だけにあるものではありません。
日常生活の中で使われ、当時は特別視されていなかった物であっても、時代を経ることで文化的、資料的な意味を持つことがあります。
メンコもその一例といえるでしょう。
小さな紙片に残された昭和の記憶
一枚のメンコを手に取ると、そこに残っているのは絵柄だけではありません。
地面に叩きつけられた跡、角の擦れ、折り目、色褪せ。それらから、かつてこの一枚を手にして遊んだ子どもたちの姿を思い浮かべることができます。
さらに、その表面に描かれた人物やキャラクターをたどれば、当時人気を集めたスポーツ、映画、漫画、テレビ番組など、昭和の大衆文化へと視野が広がっていきます。
骨董品や古い品物を見つめることは、その品の古さや価格だけを確認することではありません。その物がどのような時代に生まれ、誰に使われ、どのような文化の中で親しまれてきたのかを知ることも、その魅力を理解するうえで大切です。
そして、古いメンコをはじめとする昭和の玩具や紙もの資料の中には、年代や図柄、題材、シリーズ、保存状態などによって、現在では収集品として評価されるものもあります。
ご実家の整理や蔵・物置の片付けなどで、昔のメンコや玩具がまとまって見つかることもあるでしょう。一見すると価値の分かりにくい古い紙ものでも、収集家から求められている品が含まれている場合があります。
古いメンコや昭和の玩具をご整理の際は、すぐに処分せず、一度その価値を確かめてみることをおすすめします。内容の分からないお品物や、長年保管されてきたコレクションについても、古い玩具や骨董品を扱う買取業者へ相談することで、思いがけない価値が見つかることがあります。
かつて路地裏に響いていた「パチン」という音は、今では耳にする機会が少なくなりました。しかし、実際に残されたメンコには、昭和の子どもたちの遊びと、その時代の大衆文化が今も刻まれています。
小さな紙片に残された時代の記憶を、その価値とともに次の世代へ受け継いでいくことも、古いものを残していく一つの方法なのです。
担当
田川伸一
随筆家
随筆家。「文化史」「比較文化」など文化を通して現代社会にアプローチし、執筆活動を行う。美術に関するエッセイなどを更新中。

