
薄暗いオークション会場の最前列、あるいは世界的なコレクターのプライベート・ギャラリー。そこには、現代の最先端AIや洗練されたコンクリート打ち放しの空間とはまったく異なる、どこか懐かしく、しかし圧倒的な存在感を放つ「未来」が鎮座しています。
1950年代から60年代にかけて、日本の増田屋斎平商店(現在の増田屋コーポレーション)が生み出した大型ブリキ製ロボットシリーズ、通称「ギャング・オブ・ファイブ(Gang of Five)」です。
「ラジコン・ロボット」「ターゲット・ロボット」「ノンストップ・ロボット」「ジャイアント・ソニック・ロボット」、そして幻とも称される「マシンマン」。これら5体のロボットは、もともと子どもたちのために生み出された工業玩具でありながら、時を経て国際的なコレクターズ・アイテムへと姿を変えました。サザビーズやクリスティーズ、モルフィー・オークションなどでも扱われ、希少な個体は数百万から、ときに数千万円規模という、美術品にも比肩する高値で取引されてきました。
この途方もない変貌の背後には、単なる「懐古趣味」だけでは語り切れない、昭和という時代の熱気と、人々がまだ見ぬ未来を機械に託した時代の記憶が刻まれています。
宇宙への憧れと、日本のブリキ玩具
1950年代後半、世界は冷戦の緊張と宇宙開発競争の幕開けに包まれていました。
1957年、ソ連が世界初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功します。それは人類が初めて人工物を地球周回軌道へ送り込んだ歴史的な出来事であり、世界の人々、とりわけ子どもたちの瞳に「宇宙」という新たなフロンティアを焼き付けました。
ロケット、宇宙船、宇宙人、そしてロボット。未知なる未来を象徴するものが、映画や雑誌、漫画、玩具の世界へと次々に流れ込んでいきます。
その熱気は海を越え、日本の玩具産業にも大きな刺激を与えました。戦後復興の途上にあった日本にとって、玩具は重要な輸出品の一つでした。限られた材料と設備のなかで、いかに魅力的で、海外の人々を驚かせる製品を作るか。メーカーや職人たちは知恵と技術を競い合いました。
増田屋が作り上げたロボットたちは、単にゼンマイ仕掛けで歩くだけの玩具ではありませんでした。
なかでも「ラジコン・ロボット」は、世界初の無線操縦式ロボット玩具ともいわれる画期的な存在でした。「ジャイアント・ソニック・ロボット」には特徴的なサウンド機構が備えられるなど、それぞれのロボットに当時としては意欲的な仕掛けが盛り込まれていました。
ブリキ板には鮮やかな多色印刷が施され、それをプレス加工によって立体化し、内部にモーターや電気機構を組み込んでいきます。
その姿には、日本のブリキ加工技術と、当時の人々が思い描いた「未来」が奇妙なほど美しく融合しています。合理的な工業製品でありながら、どこか人の手の温もりを感じさせる。それこそが、現在まで続く日本製ヴィンテージ玩具の魅力なのかもしれません。
幻のロボット「マシンマン」
「ギャング・オブ・ファイブ」を構成する5体のなかでも、ひときわ異彩を放つ存在が「マシンマン(Machine Man)」です。
赤を基調とした巨大なボディと、鋭角的でどこか威圧感のある造形。その姿は、愛嬌のある他のブリキロボットとは少し違い、1950年代のSF映画に登場する未知の機械生命体を思わせます。
マシンマンは極めて生産数が少なく、通常の商品とは異なる形で流通したとされ、現存する個体は世界でも十数体に満たないともいわれています。
その希少性は、オークション市場にも鮮明に表れています。
2019年、米国のモルフィー・オークション(Morphy Auctions)に出品されたマシンマンは8万6,100ドルで落札されました。さらに翌2020年には、オリジナルの箱を伴う個体が15万9,900ドルという価格で落札されています。
もともとはブリキで作られた一体の玩具です。それが半世紀以上の時間を経て、世界のコレクターが争って求める存在になりました。
なぜ、これほどまでに珍重されるのでしょうか。
その理由は単なる希少性だけではありません。
これらのロボットは、戦前から戦後へと受け継がれてきた日本のブリキ玩具製造技術が、最も華やかな時代を迎えたことを伝える存在でもあります。
大量生産・大量消費の時代が本格化していくなかで、一つの玩具に注ぎ込まれた職人たちの技術と工夫。そして、未来は今よりもっと便利で、もっと不思議で、もっと面白い世界になるのだという、当時の人々の素朴な期待。
そうした時代の空気が、金属表面の塗装の剥がれや、小さな傷、モーターが動き出す音のなかにまで染み付いているように感じられます。
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機械に「心」を与えた時代
文化的な側面から見れば、これらのロボットは、西洋近代が築き上げてきた「機械文明への不安と期待」を映し出す存在でもあります。
映画『メトロポリス』に登場する機械人間や、20世紀前半のSFパルプマガジンの表紙を飾ったロボットたち。そこでは機械はしばしば、人間を助ける夢の存在であると同時に、人間を脅かしかねない未知の存在として描かれてきました。
日本のブリキロボットも、その大きな文化的潮流のなかに位置しています。
しかし、その表情をよく眺めてみると、どこか違います。
角張った頭部。大きな目。胸元に並ぶメーターやスイッチ。力強く伸びた腕。
一見すると無骨な機械でありながら、不思議な愛嬌があります。
無機質なブリキが鮮やかな赤や青、緑の光沢を放つとき、それは冷たい工業製品から、あたかも意思を持った「小さな相棒」へと姿を変えます。
機械でありながら人間のようで、人間ではないのに表情がある。
その曖昧な境界こそ、ブリキロボットが現在も人を惹きつけてやまない理由の一つなのでしょう。
ブリキの身体に残された「未来」
現代の私たちは、あらゆるデジタル・ガジェットに囲まれて暮らしています。
人工知能は言葉を操り、スマートフォン一台で世界中の情報へ瞬時にアクセスでき、かつてSFの世界でしか存在しなかった技術が次々と日常のものになりました。
皮肉なことに、未来が現実になればなるほど、かつて人々が想像した「未来」は遠ざかっていきます。
だからこそ、ネットの画面越しに、あるいは厳重なガラスケースの向こう側で静かに光を反射する「ギャング・オブ・ファイブ」を目にしたとき、胸の奥がかすかに熱くなるのかもしれません。
そこにあるのは、まだ誰も本当の未来を知らなかった時代の記憶です。
宇宙には何があるのか。ロボットはいつか人間の友人になるのか。21世紀の街には、どのような機械が走っているのか。
答えを知らなかったからこそ、人々は自由に夢を見ることができました。
ブリキの冷たさの奥には、それを作った人々と、それを手にした子どもたちの体温が、今なおわずかに残っているように感じられます。
「ギャング・オブ・ファイブ」は半世紀以上の時を越え、私たちがいつの間にか忘れてしまった無垢な未来への憧れを、今も静かに映し続けているのです。
遊び道具から、時代を伝える収集品へ
ブリキ玩具の価値は、単に「古い」というだけで決まるものではありません。
メーカーや製造年代、モデルの希少性はもちろん、塗装や印刷の状態、欠損の有無、動作するかどうか、そして外箱や付属品が残されているかによって、その評価は大きく変わります。マシンマンのオークション記録が示しているように、オリジナルの箱が残されていることが重要な評価要素となる場合もあります。
かつては子どもの遊び道具として作られた品が、数十年という時間を経て、その時代の技術やデザイン、社会が思い描いた未来像を伝える重要な収集品となることがあります。
古いロボットをはじめ、自動車、飛行機、鉄道、船などのブリキ玩具も同様です。押入れや物置、古い玩具箱のなかに長く眠っている一品が、実は日本の玩具史を伝える貴重な品である可能性もあります。
古美術永澤では、こうした古いブリキ玩具や昭和期の玩具についても、一点一点、その年代やメーカー、希少性、保存状態などを確認しながら査定しております。箱がないものや、長年保管されたままになっているものでも、価値を見いだせる場合がありますので、古い玩具の整理をお考えの際はお気軽にご相談ください。
■参考文献
Morphy Auctions, “Attic Find: Boxed Machine Man ‘Gang of Five’ Robot.” (2020)
The Hot Bid, “A Gang of Five Machine Man Japanese Robot Toy Sold at Morphy Auctions for $86,100.” (2019)
Auction Daily, “Auction Excitement at Morphy’s Sept. 23-24 Toy Sale as Boxed Machine Man Sets New World Auction Record at $160,000.” (2020)
DFW Elite Toy Museum, “Robot Gumball Dispenser & Rare Masudaya ‘Gang of Five’ Robots.” (2023)
担当
田川伸一
随筆家
随筆家。「文化史」「比較文化」など文化を通して現代社会にアプローチし、執筆活動を行う。美術に関するエッセイなどを更新中。
