斉白石の生涯と作風

斉白石/齋白石/斎白石(1864–1957)は、清朝末期から中華人民共和国期にかけて活躍した、近代中国を代表する画家・書家・篆刻家。

湖南省の貧しい農家に生まれ、大工や木彫職人として生計を立てながら、独学で絵画や文人画の基礎を学ぶ。
50代後半で北京に定住したのち、伝統的な文人画の洗練された表現と、民衆的なエネルギーに満ちた素朴な作風を融合させた「紅花墨葉こうかもくよう」と呼ばれる独自のスタイルを確立した。身近な自然であるエビ、カニ、虫、植物などを、力強い筆致と鮮やかな色彩、ユーモアを交えて描き、20世紀中国画の精神を刷新した「人民芸術家」として世界的に高い評価を受けています。

1864年(同治2年)
清の湖南省湘潭県(現・白石鎮)の貧しい農家に生まれる。幼名は純芝、のちにこうと改名。
1877年(光緒3年)
体が病弱で農作業が困難だったため、12〜14歳頃から大工の見習いとなり、のちに優れた木彫・家具職人(指物師)として地域で知られるようになる。この時期に絵画の手本帖『芥子園画伝』に出会い、独学で写生や絵画の練習を始める。
1889年(光緒15年)
20代後半で地元の文人学者(胡沁園など)に師事し、本格的に詩・書・画・篆刻の教えを受ける。
1902年~1909年
五出五帰ごしゅごき」と呼ばれる5度にわたる中国全土の巡遊を行い、名山大河を巡るとともに、古今の名画や金石碑文の実物を見て芸術的視野を広げる。
1917年
故郷の戦乱を避けるため、50代半ばで北京へ移住。売画・売印の生活を始める。
画家・陳師曾ちんしそらの助言を受け、自身の作風を大転換させる(衰年変法)。
1922年
陳師曾ちんしそをとおして日本での日華絵画聯合展覧会に出品して以降、全国にその画名が高まることとなる。
1953年
中国美術家協会の主席に選出される。中央文化部より「人民芸術家」の称号を授与される。
1957年
北京にて逝去。

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