
本作は近代日本画の巨匠、奥村土牛による「菖蒲」を描いた掛軸です。菖蒲は端午の節句や初夏を象徴する花として古来より吉祥の意味を持ち、真っ直ぐに伸びる葉と凛と咲く花姿から「尚武(しょうぶ)」に通じる縁起物とされてきました。日本画においても、季節感と精神性を併せて表す格調高い画題として重んじられています。
奥村土牛は、昭和初期に東京・堀切菖蒲園を訪れ、そこで実際に写生を行った記録が残っています。この地は江戸時代から続く花菖蒲の名所であり、土牛は咲き誇る花々を前に、写生に基づいた清澄な表現を追求しました。後に院展に出品された「菖蒲」もこの取材をもとに制作され、彼の花卉画の代表的な成果のひとつとされています。
本掛軸では、本紙部分が比較的小さく、周囲の表具が長く取られています。これは日本美術特有の「余白の美」を活かす仕立てであり、花の存在感を広い空間に響かせるための工夫です。床の間に掛けると、一輪の菖蒲が室内全体の空気を清らかに引き締め、鑑賞者に静謐な季節感を与えます。
奥村土牛は、大作の風景画や動物画で高名ですが、このような草花を題材とした小品においても、対象の生命感と気品を余白と調和させ、精神性を高める独自の画境を示しました。
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