
ガラス製の卓上装飾器、いわゆる「エパーン(Epergne)」です。エパーンはフランス語に由来し、もともとは「卓上飾り」を意味しました。18世紀の宮廷や貴族社会においては銀製の豪華なセンターピースが主流でしたが、19世紀ヴィクトリア朝期になると、ガラスを用いた軽やかな様式が英国を中心に広く普及しました。中央の大きなフラワーチューブを囲むように複数の管が配置され、淡いオパールセント調に赤を差した縁取りが印象的です。
一般的なヴィクトリア期のエパーンは、均整の取れたラッパ状の花弁が主流でした。しかし本作は縁が大きく垂れ下がり、炎のようにねじれた不規則な形を示し、自然界の花が見せる「枯れかけ」「揺らぎ」の一瞬をとらえたかのような造形となっています。まるで生花の儚さを封じ込めたような表現は、工房による量産的な意匠とは一線を画す、珍しい個体といえます。
この一見しおれて見える印象は、単なる劣化ではなく、熱で柔らかくしたガラスが重力に従って流れる必然的な形から生まれています。さらに当時の美意識が、完璧な理想形だけでなく自然の移ろいや不完全さをも美ととらえたことを物語っています。19世紀末から20世紀初頭にかけて広がったアール・ヌーヴォー的な自然主義の潮流を反映したものであり、写実的な花弁表現はその典型的な現れといえるでしょう。
そのため本作は、華やかなテーブル装飾という機能を超えて、工芸美術における「自然の一瞬をとらえる感性」を強く伝える作品として高く評価できます。市場に多く見られる整った花弁のエパーンに比べ、個性ある芸術的な魅力を備えた逸品です。
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