目次
序章 「触る楽しみ」は昔からあった
みなさま、スクイーズをご存知ですか?

桃のスクイーズ
老若男女問わず楽しめる、手のひらサイズのおもちゃです。
触り心地が良く、ふわふわなもの、すべすべなものなど、様々な感触で楽しませてくれます。
ガチャガチャ、コンビニ、電気店、手芸店などで、
100円~500円くらいで購入できます。
フィジェットトイとも呼ばれ、指先に独特の刺激を与えるものが人気です。パソコン用キータイプや、緩衝材の「プチプチ」を模したものも話題になりました。
そんな人気のスクイーズですが、古代中国でも似たようなものが愛されていたことをご存知でしょうか?
手の平サイズの、小さい彫刻です。
中国には古くから「把玩(はがん/盤玩(ばんがん))」と呼ばれる文化があり、小さな玉器を手の中で撫でて愛でることが好まれました。特に明・清時代には文人や富裕層の間で盛んとなり、現代のスクイーズにも通じる「手触りを楽しむ趣味」として親しまれていました。長年にわたって把玩された玉は独特の艶を帯びるため、その変化そのものも鑑賞の対象となったのです。
特に「胡桃」や「玉(ぎょく)」は人気でした。どちらも独特の手触りがあり、この文化と相性が良いのです。現代でも手で胡桃を転がしている方が沢山います。
以前お譲りいただいた作品に、把玩にピッタリの作品がありましたので、ご紹介します。

こちらの中国の玉(ぎょく)の彫刻です。古美術永澤の買取実績にも掲載しております。
何が彫られているか分かりますか?
実は、「蜂」と「猿」が彫られています。

中国清時代の蜂と猿の玉製彫刻
「蜂」と「猿」というと、日本ではあまり馴染みのない組み合わせですが、
中国では発音が似ているため、立身出世の意味が込められた縁起の良いモチーフです。
モチーフの意味をいくつかご紹介します。
「桃」モチーフの意味
二匹がしがみついている桃は中国では人気のシンボルです。
長寿や不老不死のイメージがあり、中国の有名な古典ファンタジー『封神演義(ほうしんえんぎ)』『西遊記』にも不思議な生命の力を宿した「仙桃」が登場します。食べれば不老不死になり、魔除け、悪しきものを退ける力を持つともされ、桃の木は弓矢の材料にされました。
「猿」モチーフの意味
猿は単独でも「長寿」や「賢さ」を示し、人気のモチーフです。古代中国において猿は人間に近い存在と考えられ、神聖視されました。特に「キンシコウ」は中国に数多く生息する霊長類で、その姿が『西遊記』の孫悟空のイメージの一つになったという説もあります。

キンシコウ
また、仏教とともに伝来したインドの有名な叙事詩『ラーマーヤナ』にハヌマーンという猿の姿の神が登場するため、その影響で猿信仰が加速したとも考えられています。
特に毛が白い猿は、中国では長い年月を生きた霊獣として語られてきました。『封神演義』に登場する白猿の妖怪・袁洪(えんこう)はその代表例であり、古い伝承では仙人と人間をつなぐ神秘的な存在として描かれることもあります。
一方で、中国では古くから猿芸が伝統芸として親しまれています。神聖な力とユーモアを兼ね備えた存在である猿は、多くの作家に愛され続けています。
「桃と猿」モチーフの意味
人気の「桃」と「猿」が組み合わさると、テーマとしてより分かりやすく判断できます。「霊猿献寿」という言葉もあるほどで、基本的には「賢い猿が仙桃を捧げる姿」を意味します。中国の彫刻や絵画に「桃を持った猿」に見えるものがあれば、多くは「霊猿献寿」がテーマの作品と考えて良いでしょう。猿関係では、「馬に乗る猿」も有名です。

伊藤若冲「白猿」
「蜂と猿」の組み合わせの意味
中国語の「蜂」と「封」の発音が「feng(フォン)」で同じで、「猿」と「侯」の「hou(ホウ)」も同じです。二つを組み合わせると「蜂猿」=「封侯」となり、「君主から爵位を封じる(授かる)」ことを意味します。つまり「早く出世する」ということです。また前述の「猿」の「健康長寿」もあわせて、日本でいう立身出世・健康祈願のモチーフとして人気となりました。
中国で蜂と猿モチーフの作品というと、沈銓(しんせん)が描いた「蜂猴図」が有名です。「蜂猴図」では猿が蜂の巣を枝でつついてイタズラしている場面を描いており、他の「蜂」と「猿」の作品でも猿が蜂を捕まえようとしている場面などが多く、一緒に描かれているからと言って、仲が良いわけではなさそうです。
「蜂猴図」を描いた沈銓の技術は非常に高く、日本に滞在して南蘋派(なんぴんは)を築き、江戸時代の日本画家たちに影響を与えました。そのため「蜂猴図」のような猿と蜂モチーフの日本画も多数残されています。

※YUKIが描いたイメージです
以上のように縁起の良いモチーフ尽くしの作品ですが、見るだけではなく、触ることで楽しむ鑑賞方法もあります。
把玩(はがん)という鑑賞方法
こうした手のひらに収まるほどの小さい彫刻を触って愛でるのが「把玩(はがん/盤玩(ばんがん))」です。彫刻を指で探り、何が彫られているのかを当てたり、単純に触り心地を楽しみます。把玩は手のツボを刺激して健康に良い、ストレス解消になるともされました。特別な技術も費用も必要なく、誰でも手軽に楽しめます。
もちろん、身分の違いも関係ありません。
中国の歴代の皇帝が描かれている肖像画で、非常に有名な朝服像(ちょうふくぞう)というシリーズがあるのですが、

左から乾隆帝、康熙帝、光緒帝の肖像画
歴代皇帝の手元をよく見ると、朝珠(首から下げているアクセサリー)の玉を指で転がしています。特に皇帝の朝珠には最高品質の「東珠(限定された地域でしか採れない入手困難な真珠)」や珊瑚が使われていたので、さぞ触り心地が良かったことでしょう。
特に中国美術史上最大のコレクターでもある乾隆帝は、胡桃(くるみ)を転がして手のひらで愛でる「文玩核桃(ぶんがんくるみ)」を気に入っていました。※文玩核桃については後述します。
美術品を遠くから眺め、作家に作り出された不変の美を貴ぶのも、手で触って楽しむのも、等しく尊い鑑賞行為として愛されていました。
この記事を読んでご興味をお持ちの方へ
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手の中で生まれる新しい皮膚「包漿(ほうしょう)」
そうして人の手で触れていると、摩擦や油で表面に「包漿(ほうしょう)」という独特の光沢が生まれます。これは日本でいう「古色」や「味わい」、英語でいう「パティナ」に近い概念で、中国美術の世界で重視される要素です。特に本作のような玉器は、把玩によって生まれる素材本来の美しい包漿が重宝されます。
包漿は摩擦や油の他にも「埃」「空気」なども影響して、何十年・何百年と経過することで生まれます。特に出土品など、長い年月を経た玉の包漿は「熟坑包漿」と呼ばれ、専門家が骨董の玉を見極める重要な判断材料です。
包漿は人や環境によって異なる風合いが生まれるので、「育てる」要素として好まれます。
素材による包漿のちがい

清時代の胡桃に細やかな彫刻を施した作品
核桃殼雕花籃。國立故宮博物院,台北,CC BY 4.0 @ www.npm.gov.tw
中国では把玩による変化が大きいとして「菩提子(ぼだいし)」「胡桃(くるみ)」などの種子や果核が人気です。特に胡桃は「文玩胡桃」とも呼ばれ、古くは漢の時代から始まり、明・清の時代に最盛期を迎えたといわれるほどコレクション文化として浸透しました。くすんだ色の殻が琥珀色の美しい色へ変化していく様は美しく、そのままでは値がつかないような胡桃も、長年の把玩の変化により、高額で売買されることもあります。
玉器の場合は、把玩により透明度が増すといわれます。玉特有の手触りは心地よく、手への刺激が少ない分、胡桃より初心者向けかも知れません。
天然の包漿(ほうしょう)と人工の包漿の見分け方
玉の包漿の場合、元々の光沢に加え、しっとりした輝きを持ちます。特に長年把玩されたものは独特の透明感や柔らかい艶があります。
作品によっては古代美術のレプリカとして販売されている物もありますが、残念ながら、レプリカであることを隠し、日焼け処理や色付け加工を施し、意図的に包漿らしく見せる人工的な作品もあります。こうした品々を外見だけで見分けるのは非常に困難です。もしご不安でしたら、プロの鑑定家に見せることをお勧めします。
弊社にも中国美術専門の査定士がおりますので、お手元の作品のご売却をお考えの際は、是非お気軽にご相談ください。
終わりに
見慣れてしまった彫刻でも、触ると新しい発見があります。
最近、小さいものが見えなくなったな…という方も、目をつぶって触ってみてはいかがでしょう。
把玩は誰でも手軽にできるのが良い所です。あまり興味のなかった彫刻でも、手のひらで遊んでいるうちに、愛着が湧くかもしれません。
是非みなさまも、気楽に好きなものを育ててみてください。
そして、もし自信のある包漿が生まれたら、ぜひ古美術永澤にご相談ください。
多くの包漿を拝見してきたプロの目利きがお待ちしております。

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●参考文献
故宮博物院: 『中国猿猴題材絵画浅析』
担当
コラム編集室 YUKI
サイトコラム編集者
一部のお買取品の写真撮影などを担当。造形物やガジェットが好き。フィギュリンや彫刻・ドールを見ると喜ぶ。最近は中国美術について日々勉強中。
