作品の査定・評価について
杉渓六橋の作品を高く評価しております。
もし作品がお手元にございましたらぜひご相談ください。
杉渓六橋(すぎたに ろっきょう、1865-1944年)は、明治から昭和前期にかけて活躍した南画家、書家。本名は言長(ときなが)といい、六橋のほか深柳堂などの号を用いた。京都に公卿・山科言縄の三男として生まれ、幼少期に奈良の興福寺に入ったが、のちに還俗して杉渓姓を名乗った。1884年(明治17年)には男爵を授けられ、1890年(明治23年)からは貴族院議員を長年務めるなど、政治家としても活動した。
漢学や漢詩、書画にも造詣が深く、漢学を草場船山、漢詩を林雙橋、画を重春塘らに学んだ。書では遠山廬山、北村龍象、小林卓斎らに学んだほか、江戸後期を代表する文人・貫名菘翁に私淑したとされる。
とりわけ行書を得意とし、書作品のほか、山水などを題材とした南画や画賛作品も残した。政治家として公務に携わる一方、漢詩・書・絵画に親しみ、文人としても活動した人物である。





