
尾竹竹坡(1878年~1936年)は、明治から昭和期にかけて活躍した日本画家です。新潟に生まれ、兄の越堂、弟の国観とともに幼い頃から絵に親しんでいた彼は、4歳で南宗派の笹田雲石に学び、竹坡の雅号を受けます。5歳の時には襖絵を、6歳の頃には花鳥画を器用な筆捌きで描き上げたという、まさに神童でした。10歳頃に家業が傾いてからは絵を描いて生計を助けていたともいわれています。その後富山に移り、兄とともに売薬版画の下絵や新聞の挿絵描き、絵馬の制作などで生計を立てていましたが、日本絵画協会などで受賞したことをきっかけに、画家としての評価と人気が高まっていきます。兄弟揃って展覧会で入選を重ねてゆき、「尾竹三兄弟」は日本画界でも目立つ存在となってゆきました。
その後も精力的に活動していた竹坡でしたが、画家の岡倉天心と衝突したことがきっかけで所属していた国画玉成会を退会。退会後もさまざまな派閥と対立して受賞を逃したり、選挙での落選により多額の負債を背負ったりと、激動の生涯を送りました。
天才的な技術を持ち、同一人物とは思えないほどさまざまな画風を描き分けられた竹坡。大胆でありながら繊細な作品群は、今なお人々を魅了し続けています。
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