
こちらは豊原国周の梅幸百種之内「塩原多助一代記 塩原太(多)助(しおばらたすけ)」です。
「梅幸百種(ばいこうひゃくしゅ)」とは、梅幸という歌舞伎役者が扮した100種の役を豊原国周(とよはらくにちか)が版画であらわしたもので、梅幸とは幕末から明治にかけて活躍した名優、五代目 尾上菊五郎の俳名です。全100図にわたって描き出した国周の晩年の代表作として知られています。
塩原多助一代記は、三遊亭円朝によって語られた人情話を三世河竹新七らが歌舞伎化したものです。モデルとなった塩原太助は、上州(現:群馬県)沼田から江戸に出て炭商として成功し、「本所(ほんじょ)に過ぎたるものが二つあり、津軽大名炭屋塩原」とうたわれたと言われています。浪人の子に生まれながら、わけあって百姓の養父のもとで育てられた塩原多助。多助は、養父の死後、養母と女房の悪性のために、愛馬の青と別れてひとり江戸に出、炭屋で十数年の骨身を惜しまぬ奉公の末、独立し豪商になりました。初演の五代目菊五郎は、実直な多助と悪党道連れ小平という対照的な善悪二役を演じ分け評判をとったといわれています。
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