歌川広重は5人いた!?特徴・価値・買取相場・代表作や見分け方を徹底解説

浮世絵買取 2026.07.07

歌川広重 「六十余州名所図会 阿波 鳴門の風波」

歌川広重の概要

旅と抒情の絵師・歌川広重。
今日、国内外でもっともよく知られている浮世絵師の中のひとりです。
広重が描いた『東海道五十三次』や『名所江戸百景』のイメージは、美術や歴史の教科書から、テレビ番組、広告媒体、あるいは商品デザイン……有名なお茶漬けのおまけで親しんだ方も多いと思います。
その魅力は作品が持つ豊かな情趣性にあるのでしょう。
広重が描いた名所絵には、豊かで繊細な季節感、しみじみとした旅情……現代でもせわしない日々の生活に追われる人々の心を癒してくれます。

歌川広重は5人いる⁉

「歌川広重」の名跡みょうせきを襲名した浮世絵師は、歴史上「5人」存在します。
初代広重が亡くなったあと、周囲あるいは世間は偉大な名跡を継承する者を求めました。
名所絵師の大看板を継ぎながら、我が道を邁進し、幕末〜明治〜大正〜昭和という社会の大きな流れの中で、それぞれが生きた時代を描き残しました。

初代 歌川広重(1797年〜1858年)

江戸時代後期の浮世絵師。本名は安藤重右衛門。『東海道五十三次』や『名所江戸百景』などの名所絵(風景画)で世界的な大人気となりました。

二代 歌川広重(1826年〜1869年)

初代の愛弟子。初名は重宣。初代の長女と結婚して初代の死後に「広重」を名乗り、横浜絵などを描きました。娘と離婚後、一猛斎いちもうさい等と改名しています。
初代広重の最晩年の大作『名所江戸百景』の制作にも関わり、その作風を生真面目に継承しました。
晩年は不遇で、生活のため輸出用の茶箱に貼るラベル絵を描き、世に「茶箱広重」と呼ばれました。

一ノ関圭の漫画『茶箱広重』の題材となっています。

三代 歌川広重(1842年〜1894年)

歌川重宣(三代目歌川広重)

初代の二代目の弟子・重政。二代広重と初代の長女が離婚したのち、長女と結婚して広重を継ぎました。
明治維新以降、東京を中心に急速に進んだ西洋化の風景(蒸気機関車、鉄道、馬車、赤レンガ街、洋装の人物など)を、当時輸入され始めた鮮烈な化学染料「アニリン染料」の赤色を用いて派手に描きました(通称・赤絵)。

四代 歌川広重(1848年〜1925年)

三代目の弟子。本名は菊池貴一郎。明治から大正にかけて活動しました。
肉筆画や書画、絵本の挿絵などを活動領域とし『江戸府内絵本風俗往来』では失われゆく江戸の年中行事や路上の風俗を後世に書き残しました。

五代 歌川広重(1883年〜1966年)

四代目の息子。本名は菊池寅三。昭和時代まで生きて活躍した「最後の広重」 です。
すでに錦絵(多色摺り木版画)の大衆市場は完全に消滅しており、肉筆浮世絵に特化しました。

5代目歌川広重が1966年(昭和41年)に死去して以降、6代目を襲名する絵師は現れず、名跡は途絶えました。これには、時代の移り変わりによる浮世絵(木版画技術)の衰退という決定的な要因があります。

ここでは主に、初代歌川広重についてお話します。

歌川広重の作風

透視図法

広重は、透視図法(奥行きや立体感のない平面(2次元)の紙の上に、現実のような奥行きや空間(3次元)を錯覚させるための作図技法)を正確に学習し、自作の風景表現に反映しています。
一見、古めかしい光景を、高度な技術をもって近代的な風景画に仕上げたことが、広重の新しさです。

初代 歌川広重「江戸名所 霞ヶ関眺望」

江戸時代に描かれた風景画には、遠近感に違和感があったり、構図の面で不合理な作品が決して少なくありません。この点、広重の作品は、まるで今日の風景写真を見るかのように自然であり、近代絵画のような表現が展開しています。
それは広重の作品には、西洋に由来する透視図法が用いられているためです。
消失点を設け、そこを基点として線条を引き、遠近感を自然なものとする技巧は、18世紀中頃から日本に取り入れられていました。

ベロ藍

「ジャパンブルー(Japan Blue)」という言葉があるように、青を日本を代表する色として認識している人も多いと思います。これは日本の伝統的な「藍染め」による深く鮮やかな青色から来ています。
それだけではなく、「北斎ブルー」「広重ブルー」と呼ばれる、浮世絵の青が、日本のイメージとして広がる一端を担っていました。
どちらも人工の鮮やかな青色・プルシアンブルーを使っています。これはドイツのベルリンで偶然発見された顔料で「ベルリン藍」と呼ばれ、それがなまり「ベロ藍」となりました。
オランダ船などを通じて日本に輸入され、江戸時代の浮世絵で多用されました。

浮世絵でも藍染めで使う蓼藍たであいなどを使いますが、光や酸に弱く色落ちしやすい染料でした。
しかし、ベロ藍は色褪せせず、鮮やかな発色が際立ち、濃淡の付けやすさも兼ね揃えていました。この新しい青色は、空や水の表現を可能にし、浮世絵に「風景画」をもたらす布石となりました。

初代 歌川広重「江戸名所 高輪秋の景」

北斎ブルー vs. 広重ブルー

 ベロ藍を多用した浮世絵師が、葛飾北斎と歌川広重でした。
北斎の青が「動」なら、広重の青は「静」と対比されます。

 北斎は、奇抜でダイナミック。遠近感を駆使し、幾何学的な構図で風景を描きます。
『冨嶽三十六景』の《神奈川沖浪裏》に代表されるように、荒々しくうねる波しぶきや力強い大空など、自然のエネルギーを誇張して表現しています。

 対して広重は、前述の透視図法と組み合わせ、臨場感の中に静けさ、叙情的な空気感を生み出しています。
『東海道五十三次』や『名所江戸百景』に代表されるように、雨や雪、朝晩の風景などを通して、旅情や自然の情緒を切り取るような静かな情景を表現しました。

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歌川広重の何がすごいのか?

伝統と革新の融合

 江戸時代後期、役者絵や美人画が主流であった浮世絵界において、歌川広重は「名所絵(風景画)」という新たなジャンルを確立し、一躍スター絵師の地位を築きました。

広重の描く風景は、一見すると江戸の情緒や四季折々の自然を忠実に捉えた写実的なものに思えます。しかし、その画面を紐解くと、西洋から伝わった透視図法(遠近法)を巧みに取り入れつつも、被写体をありのままに描くのではなく、独自のセンスで幾何学的に簡略化するなどの、極めて近代的な「絵画的演出」が施されていました。

大衆の理想を描く――写生を超えたイメージの再構築

 冒頭にて旅と抒情の絵師と書きましたが、広重の名所絵は、必ずしも現地での写生とは限らず、版本類を手本に、他の絵師による先行図様をもとにつくられたものが非常に多いです。当時、人々の旅情をかき立てた大衆小説『東海道中膝栗毛』のヒットがあり、それらの名所風景、大衆が理想とする「土地のイメージ」へと再構築されたものであったことが、近年の美術史研究でも実証されています。

抜群の色彩センス

広重の名所絵は、よく見ると、意外と使われた色数が少ないものが多いことに気づかされます。
色鮮やかな多色摺の浮世絵である錦絵は、娯楽的な作品を出版する絵双紙屋えぞうしやで売られていました。商売・商品である以上、コストは常に意識しなければならないものです。
単純に、摺り数が増えればそれだけコストは上がります。少ない色数で画面効果を上げられる絵師がいれば、版元にとって重宝されます。

役者絵や美人画に比べて、制作コストが抑えられていたとされる名所絵。
雪の情景を描く作品の場合、雪の白は紙の地色で、他に大きな画面を占める色は青と灰色(薄墨)という節約ぶり。
名作の呼び声高い『東海道五十三次』《蒲原》にいたっては、ほとんど墨の濃淡のみで表現されています。

初代 歌川広重「名所江戸百景 愛宕下藪小路」

また、前述の透視図法だけではなく色彩で心理効果を用いて、奥行き感を増しているものもあります。
『東都名所』《吉原仲之町夜桜》では、二点透視図法によって、茶屋の家並みが鑑賞者に対して迫り出してくるような立体感がありますが、よく見ると、絵の中で最も手前にいる花魁が赤い振袖を着て、右奥にいる花魁や、左やや奥にいる芸者は薄青や青い着物を着ています。
赤は「進出色」で見る者にとって実際よりも手前に飛び出して見える色、青はその逆「後退色」として遠くに感じる色でもあります。
広重が色彩に対して卓越した感性を持っていたことが伺えます。

歌川広重作品の価値

当時物・初摺

もっとも価値が高いオリジナルです。
江戸時代に、広重の指示や当時の職人たちの手によって最初に刷られたものを「初摺しょずり」と呼びます。

  • 1枚あたりの相場:数万円 ~ 数十万円
  • 例外的な最高額: 数百万円 ~ 数千万円

海外の主要オークションでは、2025年に『大日本六十余州名所図会』の全巻セットが約240万ドル(数億円規模)で落札される(※)など、世界的な評価がさらに高まっています。

このコレクションは有名な建築家フランク・ロイド・ライトが所有していた名品です。
( https://www.sothebys.com/en/buy/auction/2025/japanese-woodblock-prints-from-an-important-private-european-collection-pf2527/utagawa-hiroshige-1797-1858-the-complete-set-of )

当時物・後摺

江戸時代後半〜明治初期の刷りです。
初摺が売れたため、後から追加で刷られたものを「後摺あとずり」と呼びます。

1枚あたりの相場: 数千円 ~ 数万円

何度も版木はんぎを使ったことで線が潰れていたり、コストカットのために色数が減らされていたり(グラデーションの省略など)することがあります。当時物としての歴史的価値はありますが、初摺に比べると査定額は下がります。

復刻版

大正〜現代に作られたものです。
大正時代や昭和、現代にいたるまで、アダチ木版画や芸艸堂うんそうどうなどの専門老舗が「当時の技術を忠実に再現して新しく作った木版画」です。

相場:1枚 数千円 ~ 数万円(セットで数万円〜20万円前後)

美術品としての骨董的価値はありませんが、インテリアや鑑賞用としての需要が高く、有名な復刻版元(アダチ版画など)の作であれば、シリーズが揃っていることで数万円以上のしっかりとした値段がつきます。

掲載価格は過去のオークション実績などを参考にした市場相場の一例です。
実際の査定額・買取価格を保証するものではありません。

歌川広重作品を展示している美術館・施設紹介

美術館

那珂川町馬頭広重美術館

http://www.hiroshige.bato.tochigi.jp/

郷土出身の実業家・青木藤作氏の遺族から寄贈された、歌川広重の肉筆画を中核とする「青木コレクション」を展示しています。ほか、歌川国貞・国芳など幕末・明治期の浮世絵版画など。

広重美術館

https://www.hiroshige-tendo.jp/

「天童広重」と呼ばれる肉筆画は、天童藩織田家の依頼を受けて制作されました。
当時は200~300幅ほど描かれたといわれていますが、天童市付近で現存するのは20幅に満ちません。
初代広重をメインに、二~四代広重の作品を収集展示しています。

静岡県東海道広重美術館

https://tokaido-hiroshige.jp/

東海道五十三次十六番目の宿場町として栄えた由比宿の、本陣跡に整備された由比本陣公園内。保永堂版『東海道五十三次』をはじめとする広重作品を中心に、1400点余りの浮世絵を収蔵。世界に数点しか存在しない『木曾海道六拾九次之内』中津川(雨)』のような貴重な作品も含まれる。

中山道広重美術館

https://hiroshige-ena.jp/

中山道六十九次のうち最多の旅籠を抱え反映した大井宿の地に開館した美術館。
収集家・田中春雄氏が寄贈した浮世絵版画コレクションを中心に収蔵。
館内には浮世絵の「摺り」の工程を疑似体験できるコーナーなども設置されている。

担当

コラム編集室 AYA

サイトコラム編集者

西洋美術が好きだけど、最近東洋美術も面白く感じてきた。学芸員資格を持っている。作家コラムを中心に更新中。