
こちらは豊原国周の梅幸百種之内「西南雲晴朝東風(おきげのくもはろうあさごち)篠原国幹(蓑原国元)」です。
「梅幸百種(ばいこうひゃくしゅ)」とは、梅幸という歌舞伎役者が扮した100種の役を豊原国周(とよはらくにちか)が版画であらわしたもので、梅幸とは幕末から明治にかけて活躍した名優、五代目 尾上菊五郎の俳名です。全100図にわたって描き出した国周の晩年の代表作として知られています。
1877(明治10)年、西郷隆盛(本図右上)をリーダーとする九州の士族による反乱が起き、政府軍との激戦は8ヶ月に及びました。この日本最後の内戦・西南戦争は人々の注目を集め、半年後には歌舞伎として上演されました。本図は、最大の激戦「田原坂・吉次峠の戦」で、馬に乗り右手にサーベルを持った反乱軍の蓑原国元(史実の篠原国幹)が、敗走する味方を鼓舞しながら敵陣へと進む姿を描いています。砲撃の特殊効果に花火を、音響効果にラッパを用いて戦場の迫力を再現したことから大きな評判となったといわれています。
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